Persona3小説 ある晴れた日のHestia 忍者ブログ

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ある晴れた日のHestia



見事な欅の一枚看板が掲げられた店がある。
それはポロニアンモールの広場に面している骨董品店で、数年前から女店主が一人で営んでいた。彼女は街の人々から店の名そのままに眞宵堂と呼ばれている。厳つい美貌をもつ中年の女だ。

眞宵堂にあるものはみな、誰かに愛された過去を持つ。一度愛された物たちには、新品の輝きにはみられない慈しみにみちた威厳が宿る。たとえばそこにある古いテディ・ベアが湛えた表情は、魂の半分を未だ過去に置き去りにしているような、痛みを知る者の風貌だろう。

その非常に大きなテディ・ベアは、ある不幸な家から引き取られたぬいぐるみだった。同じメーカーの製品が、美術品売買では定評のあるサザビーズのカタログ にも登場するほど、正しく骨董的に価値のある品物だ。ただしそのクマは、ショーケースで保護されている同胞の写真でも知られる深みのある色ではなく、全体 の毛先が老紳士の白髪のごとく色あせている。
毎日のように日向で少女と昼寝をしていたテディ・ベア。日差しと人の手に触れ続けた毛色は、かつて彼が少女に必要とされた年月に染まり、見ているだけで心 が落ち着くような温もりある雰囲気に包まれていた。店を訪れる客は誰も、このクマにもたらされた悲劇には気づかないだろう。突然襲った一家全員の死によっ て、残された思い出の品々の多くと共に、そのクマは処分される運命にあったのだ。

その日、親族に呼ばれた業者が積み上げた焼却炉行きの廃棄物の傍で美術品の査定をしていた眞宵堂の店主は、古道具の山に半ば埋もれた彼に気づいた。

彼女の眼に、薄汚れたぬいぐるみは、幸せの日々だけを想う者として映った。持ち主が死んで自分が打ち捨てられた事も知らない。いつか望まれて、再び愛されることを信じ切っている―――。そんな想像を巡らせた彼女は、彼を自らの手で抱えて帰り、この店に迎えたのだった。

一つ一つが過去を持つ骨董に囲まれ、それらの幸福や悲劇に想いを馳せることは、彼女自身が抱え持つ傷を眺め、静かに肯き続けることに等しかった。言葉を変えればたやすく一言で済むのかもしれない。つまり、忘れ去るには手遅れの『感傷』だ。

そんな古色然とした眞宵堂にも、一年のうちで少しだけ不似合いなものが入り込む季節がある。壁に掛けられた2010年の新しいカレンダーは、枯れ葉のような曲がり癖がついたまま最初のページを終えようとしていた。

彼女の店に不思議な少年が訪れたのは、そんな冬の晴れた日のことだった。





「この辺だったかな…? 勘だけじゃイマイチなんだよな…」

カウンターで仕事をしていた店主は、前触れもなく聞こえた謎の声にはっと顔をあげた。黄色の―――何か長い布の先が、フワリと棚の後ろへ動くのがみえた。

「いらっしゃい…? 」

怪しみを抑える反動か、応対の語尾は無意識に疑問の形になった。ドアの開いた気配は無く、来客を告げるベルも鳴らなかった。いくら伝票に集中していても、 今までそれらを見過ごしたことは一度もなかったのだが。店主が訝しげに眉をひそめたとき、その客は物陰から背の高い姿を現し、店内を見回していた顔を彼女 に向けた。

「ああ、合ってたんだね。よかった 」

嬉しそうに微笑みながら少年が言った。―――だがその奇妙な言葉に、おのずと彼女の眉があがる。

(誰だ…。いや、何者?)

思ったことをそのまま口にしなかったのは、目の前の表情がとても人懐こいものだったせいだけではなかった。
この少年は、何かがおかしい。
店主は鋭い視線を投げかけた。昔通り過ぎた場所に似た既視感を覚える雰囲気、でも顔自体は全く見覚えが無い初めての客だ。この街にいる高校生たちと同じ年頃に見えるのに、一体どこで売っているのかと首をかしげたくなるユニークな服装をしている。そして並はずれて明るい空色の目。全体が、まるで何かの仮装かと思えるほどの異彩を放っていた。

“吸い込まれそうな瞳”とはよく言うが、その少年の目つきは全く逆だった。開けっぴろげな顔、無防備な硝子張りのようでいながら、そこに何も現実を読み取れない。彼自身、あたかも周囲や店主が見えていないかのようにぼんやりと視線を漂わせている。


「なにかお探し?」

不自然なほど長く見つめていた自分に気づいた彼女が、職分を思い出して尋ねると、そのあいだ黙って身体検査が終わるのを待つように佇んでいた少年は、大きく頷いた。

「うん、もう見つかったけどね……たったいま。
あなたでしょ? シャドウを狩る者が手にしてる神々の武器の造り手って」

「あんた、……あの子たちの仲間? 」

シャドウ、という言葉を聞いて眞宵堂は仕事の手を止め、屈みこんでいた背を伸ばした。今のは、桐条の秘密を知る者の言葉だ。
ならば、事は慎重を必要とする。ただ者ではないらしいその客に彼女は確認の意味で尋ねたのだが、相手は困った様子で首を振った。


「いや…、違う。彼らにしてあげられることは何も無い。だけど、ぼく…」

「わけが分からないねぇ。どこのどちらさん? 」

「え、僕? …ここでそれを言っても、無意味だと思うよ。

いま大事なのは、きみと僕が対話できるっていうこと…
…そして、僕と取引してほしいって願いを、聞き届けてくれることなんだ 」

もどかしそうに胸の前で指を握りしめている。その様子からは、少年が何かを心配しているらしい事が伝わってくる。だが眞宵堂が感じていたのはそれだけでは なかった。相対しているうちに、背筋が奇妙な悪寒に襲われ始めていた。それは“どこか遠くから、巨大な存在に呼びかけられている”という怖ろしい感覚で、 本当に幽霊が存在するとしたら、このように見えて話すのかもしれなかった。彼女が自分の想像に息をのんだとき、少年は小さく笑い、穏やかに言葉をつづけ た。

「怖がらないでほしい。
きみは二つの領域に干渉できる特別な人間。僕のことだって全く得体の知れない相手じゃない筈だ。
ずっと前から、きみは隠された法則を使ってシャドウや影時間に通用する物質を作り続けてきたよね。そんな技を持つ者にしかできない、頼みがあるんだ 」

彼女は、影時間という普通の人間には知覚できない刻があり、日常が異様な世界と表裏であるのを認識している。かつて研究者であった店主は、桐条の怖ろしい 闇を知っていながら、迷いの森に囚われたように罪の土地から逃げ出せずにいた。師と仰いだシャドウ研究の第一人者・岳羽博士と共に過ごした記憶が、そうさせるのかもしれなかった。

「この世で怖いものは人間だけさ。
…あんたの言ってるのは錬成のことかい。だがあれには、無くてはならない物があるんだよ。
そして、それを手に入れることができるのは、ペルソナ使いだけだ 」

店主が重い口を開くと、その沈んだ表情とは対照的に、少年は彼女の頭上の何もない空間を朗らかに見上げた。

「必要な物ならここにあるよ。……ほら、」

青い瞳の視線が降りるにつれ、キラキラと光の粒を放ちながら現れたのは、一枚のカードだ。

「貴女にはわかるかな。
このカードはね、ある影の中に生まれた、“願い”そのものなんだ。
ペルソナ使いとの勝ち負けじゃなく、自分の意志でこうなることを選んだ……シャドウのね 」

シャドウが? そっと囁いた店主が広げた手のひらの上に、カードが舞い落ちる。

「これは……“星”のアルカナだね」

「貴女は知ってるはずだ…。
ペルソナがなんなのか、そして星の意味も。
シャドウだって自分が望む者に変われるって可能性… …それを、この世界に残したいんだ。
協力してくれないかな… 」


「あんたが欲しいのは武器じゃなさそうだ。
何がお望みなんだい?」

尋ねた彼女の声に不審を通り越した興味の色を認め、少年はフッと気配を和らげた。

「分かってくれてありがとう。
実は、そのカードで、とても淋しがり屋の小さなレディーが喜ぶものを作って欲しいんだ。
それが、彼の願いだから 」


(頑張れ… ずっとキミを見守ってるよ。)

不思議な少年は、店主の手の中で光り瞬くカードを見つめた。
その唇には励ますような微笑が浮かんでいた。



END



※ Hestia ―――ギリシア神話の、炉と炎の女神。


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