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誰かに望まれ...呼ばれたはずなのに。
欠けた存在。それが、この世界に放り出された、僕の始まりだった。
僕の起源は今となっては記憶が曖昧だ。
けれど、“定めと役目”―――二本の鎖に黒く縛られていたのを感じる。
いったい何が僕に起こったのか。
満足に視えず、腕も足も萎えた姿でこの世界に落とされた僕は、まず、傍にいるのが当たり前である存在―――を求めて吼えた。なのに、それに応えてくれるもの、僕を守るべきものは、なにも無かった。
もう生まれかかっているというのに、途中で真っ二つに断たれた痛みでいっぱいだった。半分でしかない存在を、信じがたい苦しみを伴いながらも実体化しようとする間中、僕の顕現を邪魔する意思と行動を感じ続けていた。
・・・実験・・・中止・・・た・・・ ・・あ・・・互いに喰い合い・・・1つに・・・
・・・触れては・・・ならな・・
・・・ユカリ・・・・ツタエ・・・・・・・スマ・・ナイ・・・
・・・・シテル・・・
それは弱々しく蒼褪めた波となって、とぎれとぎれに聞こえていた。けれど自分の不完全さを思い知りつつある最中の僕には、雑音に意識を傾ける余裕は、無かった。
何かが僕を壊そうとしていた。 ...あのとき初めて“苦痛”というものを知り、間違いを予感し、それは教えたのだった。この場所が、僕を拒み、存在を望んではいないことを。
突然、フレアのように熱い衝撃が襲い、僕は千切れた身体を散らしながら吹き飛ばされた。
――よ...
人喰らい”ファルロス”に貶められた子
おのが真の在りようを喪った 不様な我が子よ
ここへおいで...
消えゆく予感と諦めに身をゆだねていた僕は、不意に、冥い呼び声に弾かれた。
それは命令だった。全身を大きな手に握られたようなその導きは、ぼろの様な身体さえ動かす絶対的なものだった。僕は命じられるままよろよろと進んだ。
何もわからない...何もみえない。ぼんやりとした膜に包まれて。
どこ? 僕を呼んでるのは?
ここへ... 光の下へ...
ますます大きくなる声はやむことがなく、前へ前へと吸い寄せてゆく。
...やがて声は近づきを終え、ついに、と確信する場所へと僕は降り立った。
僕とは相容れない”何か”の匂いを含んだ強い風が傷だらけの身体に滲みる。
あたりは全てが懐かしくも微かな光輪を放っていた。僕がいた世界へ続く道のように。
それだけではなかった。いまだ茫洋と霞む視界の正面に、碧くきらめく二つの光を認めた。“あれは、僕を待っている!” そう感じた。
だから、夢中で翔んだ、つもりだった。
(僕を抱いて、匿って。ここは痛イ...ココハ嫌ダ...我慢デキナイ!)
それに応えたのは、疲れ弱りきった身体を容赦なく貫く、更なる無数の痛み。
“貴方ヲ倒ス”―――そのただ一つの命令にのせられて、それは僕を引き裂いた。
なぜ?
...僕を守って、守ってよ!
声に向けて差し伸べた手は、何をも掴めず、虚しく崩れる。
いずれ、この“報い”を知ることになろう...
それっきり、ただ一つの頼りだった”声”が止んでしまった。唐突に、自分が何をしなければならないのか、わからなくなってしまった。僕は捨てられた。見捨てられた?
...なら、いまは、この目の前の存在を。
怒り...いまなら分かる、初めて沸き起こった“怒り”。
赤黒いそれが、素直な僕の身体を動かした。相手から悪意は感じられなかった。けれど敵意としか形容できない意思が鋭くあった。碧いふたつの光は僕を消そうとしている。これが敵でなくてなんだろう。
苦痛を叩き込んでくる奔流に力任せに牙を剥き、振り回した剣の先が辿り付いたモノ全てをなりふりかまわず抉った。苦しい... なぜ、僕が、こんな目に!
突然、背後でなにかが鋭く高い音をあげ、僕の指先に妙な感触を残してグチャリと潰れた。その刹那、
おかあさん!!...という叫びを聴く。
オカアサン? 周りを取り巻く膜を突き破って、僕を刺してくるこれは何? この波はなんなの?
青ざめ...紅く...真っ暗な波。これは...なに?
どうして。
なにが、僕を、あの穏やかで冷たく暗い場所から、引きずり出したのか。
助けがないのなら、自分でやるしかないんだ。僕は、...悪くない。
一体、僕は、何に言い訳したのだろう。
締め付ける波を打ち消すかのように、相手の意思をそっくり返すように、
僕は怒り狂い暴れた。
滅びろ...碧と光の使者。僕の敵。僕の誕生を阻むもの。
正面の碧い光点に意識を凝らし、みつめ、屠る。光の色は、僕がこの場所で初めてはっきり視た、”たった一つのもの”。だから、忘れないであげる。これが消えても...僕が消えても。
けれど相手は、壊れる寸前の断末魔の力で、僕を後ろへと押しやった。敵意のようなものはすでに無かった。
私は、最後の一体...なのに、貴方を倒す力が、ない...
だから、だからいまは...全てを賭けて封じる...!
あの子の...心の奥...あの暗闇の中...に...
碧い点がゆっくりと閉じられ、周囲の全てが急速に遠のいた。
気付いたときには、僕は奇妙でありながら不思議と安らぐ時の音に包まれ、丸くなっていた。
指先に触れたあの感触と同じ...哀しい温もりに満ちた暗い場所で、無慈悲な一夜は終わりを迎えた。
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