Persona3小説 人口楽園 ★◆ 忍者ブログ

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人口楽園 ★◆




―――異変を感じた。

何かが、体から喪われていく。

モザイクに融けた月光に呼ばれ、
いま大きな何かが...出て行こうとしている。

月の魔手に突っ込まれ、抉られて引きずり出される
掻爬(そうか)の感触に、体の中も外も悲しくザワめいて、こらえきれないほどの虫唾が走った。

体にでき始めた隙間を、突き刺すように無常の風が吹き過ぎてゆく。

途端、打ち込まれた、とてつもない虚脱の楔...
そして心に広がる虚無。
叫びたくなるほど真っ白な孤独に、俺は突き落とされた。

突然、いま自分は“独り”になったのだと気付いた。
これが、一人ということ?
...自分すら、欠片も無くなってしまった気がする...

放り出された眩しすぎる白昼夢、安心できる影も闇も無い。

初めて知る寂しさがつのる。
早く”ここ”を埋めなくては、元通りにしなければ。

“あれ”を失くしたら、自分は生きていけない...
“あれ”を失くしたら、俺は俺ではない...

鼓膜に捻じ込んでくるノイズ。
切れ切れに聴こえる死の舞踏の旋律が荒れ狂う骨を不吉に軋ませる。

行かないでくれと、全身が訴えている。
ここから離れちゃだめだと泣き喚く。
懸命に追いかけて、よすがを抱きしめても...引き剥がされてしまった。

自分の大切な...が。
冷えた闇が... 無情な慰めが...
ずうっと一人で温め抱き続けていた卵が取り上げられてしまう。

ロボットに誓ったのに...
月の卵は、絶対に割らないって...
二度とこの街には来ないって、あんなに約束したのに...


(だめ、孵っちゃだめだ..もう一度俺の中に戻って、隠れて!
もっと奥に!.. おねが..)














―――そんなに君が永遠を望むなら...
邪魔なものは全て、滅ぼしてしまおうか 」


彰の瞼に僅かな温もりが触れ、小さな吃音をたて、離れた。

「時よとまれと望む、全ての存在が欲する永遠とは死に他ならない... 」

静かな低い声に刻をへだてず、
鼻先まで細くながれてきた匂いに、彰は息を呑んだ。
これは...苦しみと共に吸わされた、あの...枯れた薔薇の香りだ。

裸にされた、剥き出しの心が震える。
喪失感のもたらした哀しい憂鬱は、
はっきりとした怯えと焦燥の苦い塊りに移り代わった。

夢から覚醒した彰は、恐る恐る...眼を開けた。

「君が僕から逃げていく可能性など、一つ残らず消してしまえたらいいのにね 」

「...ッ!? 」


光沢のある絹の黒いシャツの衿と胸と...白い肌の咽喉元が見えた。
誰かの引き締まった腕に抱かれている自分に気付いた、彼の体が驚愕に緊張した。

(え、どうして? )

ふと、顎を引いて見ると、学校の制服を着ている自分の体があった。
黒い服を着た男の膝の上に乗せられて、横抱きにされている。
寝惚けが重く残っていた眼が点になった。
自分がこんな状態だったことは、これまでの人生で...皆無だ。

涼しい土と薔薇の移り香... 下腹が鈍く痛い。

「絶えず人間の生は、死を束縛する。 ...僕が君の中で感じていることだ。

人は.. 動物のように奔放にエロスを享受することもできず、
死を正視し肯定することもできない...本能の囚人だ。

...その檻から彰を解放したいんだ。
自由の身にし、共に”一つ”の存在になることが、僕の望みだから 」

一つに―――惰気を押しのけ、しばらく遅れて何もかもが急激に甦った。

ひっそりと囁かれたいまの声が、悪魔の唸りと化して刻みこんだ苦痛が。
遠くから忍び寄った快感。それを見る影も無く打ち砕いた紅蓮の業火が...
肩を苛む激痛、二つながらに自我を奪われた。 ...意思と体の、両方を。

初めて自分に襲いかかった圧倒的な激情を前に、
なす術も無く...諦めを強いられた。

「いまは理解できなくていい... いずれ君にもわかることだよ。
その約束のとき...
君は、僕から逃げるだろうか? それとも、対峙してくれるだろうか... 」

彰には、いま自分の傍にいるのが誰なのかが、はっきりと判った。

瞬時に身体がわななきだした。止めようとしたが、止まらない。
明らかな震えは、体を接している相手にも伝わったはずだ。
すぐにでも撥ね退けたかった。でも壊れたままの肩は
命令に疼痛を返すのみで...動かない。

眠りからの覚醒、そして怯え。彼の変化を受け止めたデスが気配のみで笑った。

「こんなに怯えたり、昨夜のように泣いたりされると...
可愛さあまって、息も絶え絶えにしたくなる 」

なぜ自分は目覚めてしまったんだ? 永遠に眠っていたかった...
後悔の嵐が、猛烈さをまして彼の胸に吹き荒れた。
意を決して見上げた眼と鼻の先には、彼を抱く存在の怜悧な顔が...あった。

日本人らしい黒髪のかかる顔立ちに宿る、険を潜ませた日本人らしくない蒼い眼。目じりの下のホクロ。どこかで同じものをもつ誰かを見た気がする...
彰の背後を見ていた視線が動いて、彼の上に移り、瞳孔が拡がった。

忍び笑いが、動悸に逸る心臓を撫でた。デスは、彰の狼狽を皮肉に愉しむ意図を、夜の密やかさに隠そうともしなかった。こんなに誰かに怯え続けている自分というのは、彰にとって初めての経験だった。これ以上の危害を知る前に、いっそのこと、いますぐ殺されてしまいたい。

極度の不安にかられた彰は、やっとのことで見つめ返された視線を外し、辺りを見回した。
...逃げる隙を、うかがう。

周囲は静寂が満ちていた。静寂は月の光のように鋭く柔らかで――
眠気の靄は、夜の涼気の中で冷え散らされてゆく。
引き締まるような淡い月光に漂う息吹もない。うっすらと薔薇の香りが漂うのみの、あまりにも希薄な空気だった。

「ここは...? 」 全く見も知らぬ場所に絶望した彰が、落胆混じりの問いを呟いた。デスは細い眉をひそめ、氷の瞳の光を闇の睫毛に隠すように細めた。

「...見ての通り、墓場だ。 冥くて美しいだろう? ...僕の庭は。

地を満たす誕生の裏で、葬られた数多の肉体が、
時と蛆に貪られて、朽ちてゆく場所だ... 」


石造りの
四阿(あずまや)に座る二人からのぞむ、荒れ果てた廃園のようなその場所には、薔薇の生垣に隠れ、様々な形の多くの墓石が、死の王に屈礼や跪拝をしているかのように、一面に立ち並んでいた。

「自然は全てを、腐らせるために生みだす。
ここに埋めてしまうくらいなら、いっそ君を... 」

ふいに笑みを浮かべて、デスは腕の中の命の髪をもてあそんだ。

「...なんてね。冗談だよ 」

中央には、すいかずらや蔦の絡む水受けのある噴水があった。枯れかけているのか、ここからは水のアーチを見ることはできなかった。

墓地には露が落ちるだけの静けさしかない。廃園を囲む真っ黒な糸杉の下では、草の葉が冷たい露にしなっている。闇が巨大なマントの裾のように這っていた。夜空の胸にはまばゆい月が照り、宝石のように星座が輝いている。

彰は、蒼く冷たい死神の腕に抱かれ、魅了された瞳でそれらを眺めていた。

その無心な表情を見つめていたデスは、あどけなさが無意識に誘ってしまう可虐の衝動に突き動かされた。彰の骨がきしみ、肩に顎がついて咽喉が息苦しくなるほど、彼の体を強く抱きしめる。すぐさま制服のシャツが背中でくしゃくしゃになるほど捲り上げ、薄い筋肉を感じる素肌に手を這わせ始めた。手のひらの下で息衝く鼓動が強く速くなるのが分かった。

死神の自分が死ぬほど焦がれているただ一人の人間。その全てを知りたくて、己の全てを破滅させるほどの禁忌を犯している。デスは決して彰には見せない悲哀を放つ眼を閉じ、かき抱いた腕の中の存在がもつ、熱を隠して色づいた耳に唇を寄せて溜息をついた。

彰は風景に奪われていた心をまたしてもデスに攫われ、体を好きにされる戸惑いと反抗心の欠片がちくちくと自尊心を刺す嫌悪にうなだれた。

何も許していないのに、躊躇無く触わられる。自分の体なのに、自分に所有権がない。昨日の悪夢がこれからの現実の予感にすり替わっていく。デスの手は肩甲骨を鷲づかみにしたり、肋骨をかき鳴らしたりとせわしなく乱れた。感じてなるものかと反応を押し殺していた呼吸は、とめどなく与えられる刺激に、徐々に疾くなってしまう。

体に熱が篭もっていく。もぞつかせた拍子に後ろにズキリと激痛がこみあげ、突き破られた時の音を思い出させた。いずれ自分を傷つけるに違いない相手の恐ろしさに、全身が強張った。

「ハァ、やめ...て 」 俯いて、何とか訴えた声は喘ぎ混じりでか細かった。

そこへ興奮を隠しもしない吐息が、きつく腕に搦めとられた彰の襟足を、熱く灼いた。

「またそんな声を... 僕を煽りたいのか?
さかってしまうじゃないか、こんな風に... 」

からかいを滲ませたデスが、腰をひと揺すりした。
着衣越しの尖りが彰のわき腹を小突いた。
「...たッ 」
硬さに驚いて、彼は息を呑んだ。 ...どうして、知りたくもないことをひたすら強要してくるのだろう。昨夜の身勝手な暴行だってそうだ。この男が自分で猛ることができるのは、イヤというほどわかった。でも自分の意思はいったいどこへ捨てられたのだ。自分は人形なんかじゃない。 

怖ろしいと思えばそれだけというわけでもなく、何かを教えようとしているらしいと思って耳を傾けた途端に、絶望に突き落とされる。デスの与える翻弄の波が、彼を滝つぼの中の木の葉のように沈め、浮き上がらせ、流し去る。疲れ果て、段々と肉体と精神が分離していきそうだった。せめて、心だけでも、せめて自由に。――――



「...そうだ。
昨夜やぶった檻の入り口... 清めてやろうか 」

腕の中の彰の膝の裏と背をなんなく抱え上げ、デスは四阿を出た。不審な表情を浮かべて見上げた彼には眼もくれず、廃園の真中の噴水へと近づいた。

大きな浴槽ほどもある水盤の中央に雪大理石の薔薇の花束が咲いていた。その中央から水のみ場のような噴出孔が顔をだしていて、細い小指ほどの水柱が噴きあがっている。

水受けの縁に彰を腰掛けさせ、デスがベルトに手をかけた。何をするのかと黙ってされるがままだった彰が、ようやく”清め”の意味に思い当たった。焦って前を隠そうと体をひねり、口を開いた。

「ちょ、ちょっと、何して!?...やめろ! 」

「ここをいつも僕のために、綺麗に保つのは君の嗜みだ。
だが、いまは腕の事もあるしね... やってあげる 」

後ろに倒れては水に浸かってしまう。降りて逃げようとした体は、肢の間に入られたデスの腰に阻まれた。手際よくカチャカチャと外されていくのが分かっていながら、どうすることもできない。動悸が速まり、きつく眼を閉じてごくりと咽喉を鳴らす。デスはジッパーを降ろし、彰を抱えながら、下着とズボンを膝まで下ろした。

「や......やだッ! 」 あがいて抵抗してみたものの、やはり手を止めず笑う気配... 自分の体なのに、動かす意思を奪われている。その事実から顔を背けたくなり、広い夜天を仰いだ。もし羽根があったなら、飛んで逃げてしまいたい。諦めきれない胸中が求めるまま息を吸い、苦しげに深く吐いた。刹那、背を冷たい汗が伝う。この男が自分に施した強姦の苦痛と、裸にされることの意味が連動し、彰の心をますます脅かした。直に腰に触れた冷えた石の感触にも身震いがわく。春とはいえまだ涼しさが勝る夜気に肌が粟立った。片足だけを残して素足にされ、先刻のように横から抱えられた。

「...彰には、水が冷たいだろうが.. 少しの辛抱だからね 」
「は 恥かし...から、やめ、てあっイヤだッ 」

背はデスの胸に預け、右足は噴水のへりに降ろされ、片足だけをデスにすくわれた彰は、水が小さな音を立てて湧いている中央に、下半身を突っ張る格好で拡げられてしまった。
「うぁ、ああ!  ...ッあ痛!! 」
凍える水流が皮膚の破れた傷口に触れたその瞬間、鞭打たれた様に体が跳ねた。デスが非情な手つきで彰の窪みを押し開き、正確に噴出孔に押し付けていく。

「ぁは、...痛ぅ...ひぐぅっ ...ッう!! 」
「フフ... 口を開けて.. 水を飲むみたいに... そう、 」

きしる程に歯噛みをして耐える彰の後ろから、ビリビリと肉に切りつけ滲みる地下水が、どんどん流入していった。腹の底に悪夢が貯まり膨れ上がって背骨を伝う。デスに無理やりこじ開けられた路を逆流する泉水が内臓を水浸しにし、頭の芯まで寒さが突き抜け、眉根を歪めて彰は叫んだ。
「はあ...いやぁああッ!!... 」

咽喉を焼いた悲鳴の余韻も消えないうちに、びくり..と、腸が激しい欲求にのたうった。瞬時に青ざめた彰が愕然と眼を見開き、はあはあと唇をわななかせてがむしゃらに、必死にデスの胸をずりあがった。
「う、ぁ... が、我慢できな.. と、といれ、..トイレッいかせてっ... 」

「そんなものは、ここにはない... 」 髪を咽喉元にこすり付けられたデスが、半眼の狭間で蒼眼を光らせ、彰の後頭部に口付けしながら囁いた。

「で でちゃ、あ、でちゃう、あぁぁおねがい... 」 もはや屈辱も恥辱も吹き飛んで子供のように彰は哀願した。もしも腕が自由だったなら、指で栓をする事もためらわなかったに違いなかった。それほどに、迫りきった排泄衝動が苦しい。究極の限界が口をあけて全身を飲み込んでいく。四肢が耐えがたく小刻みに震える。

「僕の庭を汚すつもりかい...? 」 ことさらにゆっくり優しい口調で訊ねる死神の顔には、愉しげと言っていいような喜悦の気色が浮かんでいた。

「...まあいい、ここですることを許そう。薔薇にはかけない様に 」



「はぁ、 ..あぅっ! 」
廃園のしじまに、彰がこらえきず放った高い喘ぎと、水が地面に叩きつけられる重い音とが響いた。










「...うう.. ひっく...うっ... 」
一番他人には見られたくない姿...それをデスにつぶさに視られ、最中の表情さえ髪を掴まれ観察された。彰は嗚咽を殺すこともできずに噎び泣いた。もう、何もかもこの怖ろしい相手に隠すことができない。自我も自尊心も跡形も無く砕かれていた。

「教えて欲しい、どうやって流すんだ? その涙。
この僕を滑落させた... 君から生まれでる真珠。その秘密を知りたいものだ 」       

デスは涙にむせる彰を抱いて、棘草や羊歯の下生えに囲まれた小道を、糸杉の下にたつ一際大きな十字架の墓石の方へと、ゆっくりと歩いていった。

その墓石の根元の両側には、天使か異端の神の頭部が刻まれている。どちらも顔も目もすり減って何も見えずに向き合っている。御影石を刻んだ低い天蓋が墓を覆っていた。石はところどころが崩れ、大きなひび割れがはしっていた。

デスの背丈ほどもある大きな黒い十字架には、中央に救世主のごとく、大輪の白い薔薇の輪が架かっていた。茨の冠のように、何重にもまかれた棘のある蔓が、首飾りのように頂点に通され飾られていた。

その墓石のすぐ前に、まだ眼から雫を伝わせ静かに泣いている彰を降ろした。そして指を刺す痛みにも揺らぎ無い青白い表情で、デスはその茨の蔓を十字架から外した。

彰が肩で濡れた顎を拭い、すすりあげた。その瞬間に強烈に嗅覚を襲った薔薇の芳香に、表情が強張った。むせ返る様な香りの下で乱暴に犯された、昨夜の鮮烈な記憶が、彼を恐怖で逆撫でし、手足の先までも冷たくしその場に縛りつけた。

「バラは...厭、薔薇の匂いはイヤだ...こ、怖い、 」 畏れに眼を閉じ、とり憑かれたように呟く。

「...妙なことを言うね。
これは”君の”残り香だというのに...

死の象徴たる十字架に、生命と愛の傷口に咲く薔薇を懸けたんだ。
薔薇十字は...死と生の婚姻の徴だからね。

僕は昼間、ここで祈りを捧げていた... 六日後の、君の復活のために 」

彰の背後にそびえる漆黒の十字架の、犠牲に懸けられた薔薇を眺めたあと、デスは手にした茨の綱の端を握り、地面に向けて振りほどいた。一本の堅いロープのようになったそれを手に地面にひざまづいた。そして、一方の端を十字架の根元に縛り、もう一方を、彰の片足に引っかかっている制服の上から、棘の足枷をきつく巻きつけ始めた。

「ッ...いた... なに、してんのそれ... 」 布を突き破ってちくちくと感じる痒みをともなう肌への刺激に、デスを見下ろした彰が、初めて眼にする正体不明の行為に疑問を投げかけた。

「彰の内に封じられ、
雁字搦(がんじがら)めに拘束されていた間に、僕は目覚めた...
君が僕に与えてくれる窮屈な抱擁...
...この手で転がし愛で続けた白亜の魂を持つ、この肉体への渇望に。

この束縛の悦び...
我が最愛の君にも授けたいと願うのは至極当然だ.. そうだろう? 」

熱心な瞳と声で”我が最愛の君”と告げられて、彰の腰骨に、ぞくりと舐めあげられるような得体の知れない感覚が這い登った。それは、どこかに隠れ潜む彼の自制心に噛み付き、揺さぶって食いちぎる、心の檻を壊す恐るべき魔力を込めた攻撃だった。しかし、彼は気付いていなかった。たったいま片足を束縛した足枷によって、背にした十字架に、わずかな行動の自由を残して自分が繋がれてしまったことを。

「ここに封じられるまで、僕のまわりにはなんの彩りも慰撫さえもなかった。
砂時計の落ちる砂をみつめ、ただ時がくるのを待ち続けるだけ...
僕は.. そんな永劫の風景に、つくづく飽いていたよ 」

立ち上がり体を接してきたデスが、静かな口調に欲情を忍ばせた表情で、片手を彰のブレザーの隙間に差し入れた。肌をなぞられる感触に驚いた彼は、その場所を見て焦った。(馬鹿な... ) いつのまにワイシャツのボタンが全てはずされていた。デスにいいように振り回され、驚愕と恐怖の連続に意識を引き裂かれている間に...

この男の前では、自分の全ての反抗も反撃も通じない。通じなかった... 思い知ったとたん、今にも押し倒されそうな執着で撫で回されている皮膚が、はりかえられたかのように鮮やかに敏感さを増した。背骨のくぼみを、腰骨を這う指の腹がたまらなく気持ちよく感じ、餌食にされる予感の高まりに、デスに胸を押し付けて声がうわ擦り、体が反ってしまった。
「ッん... 」
自分からすり寄せた腰を望みどおりに寵愛されて抱きとめられる。鎖骨をついばまれながらきつい痕をつけられた瞬間、内腿から痺れがざわめき昇って背を逆立てた。「...ッく...は、 」 肩が歓びに奮えるのがわかる。

「...そんな永劫の頽廃を、
十年前の”あの夜”は一瞬でかき消して、僕を恋の煉獄へと叩き落した。

ふしだらな我が情熱、そのものなんだ... 君はね 」

虚ろに穏やかで低かった声が、彰の反応を境に甘い諧調へと移りかわった。デスは彼の胸にとび出している小さな尖りを捉えると、自分の指の腹を愉しませるために、擦りつけて愛撫した。
「はっ......あ、 」
彰の濡れた唇から、快感を感じたときと区別のつかない喘ぎが漏れた。胸で咲き誇った疼きが、再び腰から細波を誘い、一瞬で首筋まで達し、上へ抜けた。信じられなかった。自分の中に、こんな...女みたいにされて、悦ぶ衝動があったなんて。わずかの間、呆然となった意識に、不意に下半身に食い込んだ何かが鋭い痛みを斬りつけた。

「...痛ッあ!! 」

訳が解からず混乱して、眼を見開いた。蒼い硝子みたいな両眼に、自分が映り込むほど近くで、デスにじっと見つめられていた。

「ッ..な 何これ!? 」

ズキズキと噛み締められる股間とデスを交互に見て必死に問い質す彼に、デスはひくりと咽喉をならして、涼しい笑みを返した。

「静寂の環だよ。君が
自棄(やけ)にならないように 」
「な.. 外してッ! 」
「初七日まで外せない... そう言ったろ? 」

無我夢中で頭を振り払った。デスの愛撫に喜びを感じた自分が恥かしくて、気の迷いだと否定したかった。なのに、身体中から手が生えて、デスを手繰り寄せて頬張りたい欲求ではちきれそうだ。こんな残虐なやつを、受け入れたくてたまらない自分の体がわからない。まるで未知の淫蕩な化け物になってしまったみたいに。

焦心に伏せてしまっていた後ろ首を掴まれ、咽喉をデスに差し出すように仰け反らされた。

噛みつかれそうな気配が不安と期待とを呼び、胸が締め付けられ、歯が小さく鳴った。

「欲しいんだろ? この体と十年馴染んでいる、この僕が...
いま君は、孤独を感じている筈だ。 ...魂も、肉体も。

僕と一つに戻りたい... 声にならない絶叫が聴こえている 」

”一つに戻りたい” その言葉は、彰の胸を凶弾となって撃ち抜いた。
先刻から感じている正体不明の渇望、それを言い表す言葉を与えられ、彰の全身に確信と渦巻き締め付ける性的な衝動が拡がる。
デスの囁きに腰を蕩かされ、熱い呪いを注ぎ込まれ...

彰の咽喉仏が動き、眉間がひきつった。
気が狂わんばかりに解放を訴えている性器の根元は、デスとの婚姻の環にがっちりと噛まれている。
硬く天に剥かれ震える先端は、精の通り路が潰され、滲ませるように漏らすしかできない。

デスが腕を弛めた隙に、発作的に彼は駆け出そうとした。どこかへ逃れて、何かに擦りつけ、欲望を解放したい。しかし、片足を後ろにグンと引っ張られ、驚愕して振り返った。十字架から伸びる茨に自分が縛られていると知った彼の、灰色の瞳を絶望の翳が覆った。
「っ...ぁぅ、痛た...は、あ、.. 」

彼を転覆し陥落させた存在が、十字架の影のように、空にむけて横たわった。身体の欲しがるものを表にだせず、戦おうと足掻き、身悶えを続ける彼を首を傾げて見上げ、手を広げて微笑んだ。

「耐えることに疲れたなら、僕の上にとまるといい。 ...カラダを開いて、僕を抱け。
風に揺れ、蝶のように快楽を吸いあげる君の姿... みてみたい 」

溜息のように吐かれた蜜声の妖しい濃さに絡め取られ、彰の心は逆らえぬ縄に捕縛された。闇の奥より誘う招きに手を取られ、引寄せられる。伏せた睫毛の先が、躯にたぎる淫らな血の羞恥にわずか震えた。

さぁ、――――――

熱に浮かされた意識に、少年の声が響く。促され、彰は操られたように片方の膝から下を制服でまつらわせたまま、デスをおずおずと...跨いだ。
そこから先をどうしていいか戸惑う彼に、薄い微笑を浮かべたデスが、足の間から膝同士をぶつけて開かせた。
「あっ... 」
よろめいてバランスを崩し、待ち受ける黒衣の男を挟んで、前のめりに膝をついた。力を込めてしまった下腹を、呪縛にあえぐ自分自身に小突かれてうめく。「っく...ッ 」 

「...このままじゃ、君の欲しいものをやれないが... どうしたい? 」

しばらく彰は、身を苛む葛藤で心を掻き毟られていた。うつむいて縮めた身体中が熱さを堰き止められ、震える。自分の鼓動、餓えて止まらない喘ぎ、己の全てを暴かれた屈辱。

自分から動くよりは、デスに身を投げ懇願して、こんな身体を引き裂いて罰して欲しい。そんな究極の被虐を望むまでに堕落した絶望を、曝け出してしまいたい言葉を... 彼はぎゅっと眼を閉じ、歯噛みをして頬に走る痛みの内に封じた。

肩を細かく震わせながら歯で自分のバックルを外す彰の、前髪に隠された表情を想像して、デスは昏い喜びの澱に満たされた。仮初めの姿を包む装束の内側で、とっくに自分の性衝動は、彼を愛し犯し冒されたい欲望で最高潮に脈打っている。

彰の内部で得た性の姿、彰から正常な女性への欲求すら奪い続けて来た自分だ。彼と心と体を融け合わせたい極限の願望は、自分を縛る筈の”死を統べる摂理”にさえも背き、地上で行われたどんな悪徳よりも怖ろしい禁断の愛だった。死神の自分によるこの均衡の崩壊は、男色と姦淫による罪でソドムとゴモラの街を滅ぼした鉄槌などより、もっと最悪なはるかに大いなる災厄を世界にもたらす。

秩序と混沌の両極に身をおく自分の破滅の愛と野望は、愛する相手そのものを、破壊せしめる第一歩へと導く事によって実現された。彼は近い未来、自分を選ぶだろうか? 選ばなかった時、...その時自分は、一体何を望むのだろう。

彰によって屹立が開放された。几帳面な彼らしく、汚すまいとご丁寧に下着を性器の下までおろしている。デスは笑いを噛み殺した。彼のぎこちない唇が触れるたびに、それは更に硬度を増していった。つくづく自分は、この人間に溺れている。この、刈り取り奪うしかできない闇の神、永劫の時の停滞の中で、その役割と定めによって、一度も伴侶を得る事が叶わなかった、この死の王“タナトス”がだ。―――

彰は、とうとう自分を生贄に捧げる事になってしまった、これから自分を切り裂く天に逆立つデスの兇刃に、身体は焦がれながらも心は惨め極まる思いだった。突き堕とされた恥辱の数々に、彼の眼には、煙るような陰鬱な涙の幕が降りていた。

自分がどれほどばかげた見世物なのか、彼は気づき始めていた。荘厳な糸杉の下で、草むらの十字架に繋ぎとめられ、自らデスに犯されようと膝まづいているのだから...

「..受難に苦しむ君は何よりも愛しく、僕の劣情をかき立てる.. 知っていた? 」

突然、祭壇の神が、落ち込む彰を励ますように、地上の愛の言葉で彼に啓示を与えた。
思わず顔色を伺った彼を見つめ返したデスの、欲情を湛えた氷の眼差しが、乱れた制服から垣間見える彰の肢体を弄った。
封じられたあらゆる性感を愛でるように眺められ、彼の肌が血潮に染まっていく。

地面についたまま動けずにいる片膝に手が差し伸べられ、たてるようにデスに開かれた。沸点を緊縛され弾けそうなそこがもがくさまを、舐めるように見つめられ、恥かしさが身体中でせめぎあい、顔を背けて唇を噛んだ。

自分の邪淫に満ちた視線に耐える、その初心な姿に眼を細め、デスは舌先で自分の上唇の内側をそっとなぞった。そして、無意識に闇の言霊すら孕ませて囁いた。

「この
一期(ひととき)は夢だ。 ...ただ狂え..彰... 」

触れているだけの薄い肉付きの腰が、誘惑に背を押され、望み続けているデスの上にじりじりと近づいてくる。ふと動きが止まり、無表情になった彰の上体が前かがみになり、顔がそこに伏せられていった。熱い喘ぎがかかり、デスの先端を濡れた肉が蝕んだ。抗いたくなる選択肢を奪ってやるために、自分が慈悲心から抜いてやった腕を、寄る辺無く土の上に垂らした彰が、彼を窒息させそうなまでに膨張した肉の猿轡を自ら食み、幼い動きの舌で懸命に倒錯の性技を施しはじめた。なぞられ、尖りの先に細められた蠢きをうがたれ、奮えたデスの腰が、咽喉奥の窮屈さを欲して衝動的に動いた。掠れたうめきを漏らし、それすら大人しく受け入れた彼を、意外な面持ちで見守りながらも...デスには、分かっていた。彰が、少しでも後ろの傷を労わりたくて、自分を濡らそうとしていることを。

..チュ...クチュ..

「ぷは、......ハァ、...はぁ、 」

何とか根元までたっぷりとした潤みで覆い、荒い息をついて涙目で離した。彰の唇とデスの間に、月明かりに粒が光る唾液の銀の糸が架け渡された。それを小さく啜り上げ、飲み込んで息を吐き、哀しい表情で身体を起こして再び膝を進めてゆく。

真上に来た時、デスは自らの欲望に左手を添えた。そして彰の冷たい腿の間から右手を差し入れ、水滴がのった繊細な谷間をそっと開いた。そこは、怯えの震えだけではない、小さくひくつく待望の疼きをデスの指先に伝えた。左に握った剣先に、人差し指と中指の狭間がゆっくりと近づいてゆく。

「っくぅ........ぅあッ! 」

濡れた表面が触れ、裂け目を広げ、弾けてしまった痕をわずかに治癒させていた肉芽をこすった。無情にもそれは再び破れ、息詰まる痛みが拡がった。それなのに、”一つになりたい”デスを受け入れようと、体は口を開けよと迫る。しかし、細さに比べようも無い大きさに、ぴったりと硬いフタをされてしまった。自分で握って無理やりに誘うこともできない。恐る恐る腰を沈める自分では、最初の衝撃にひれ伏す事が出来ないと悟り、畏れに速くなった呼吸を喘がせ、彰がデスを見下ろした。

「...つ、突いて.. 最初だけで、いい、から... 」

薄目の奥から全てを見つめ視線を絡みつかせていたデスが、彰が身構えるよりも素早く、顎をあげて肩を地面に打ち付け、力任せに仰け反った。

「―――ぎッ! ...あああ痛いっ 死んじゃあッ... 」

楔の一番凶暴な膨らみをめり込ませたまま、彰は拡げられた激痛に脈が宿った裂け目を、閉じて締めてしまいたくてたまらない意思とは逆に、必死に開いた。自分と姦淫する男の塔を根元まで呑み込もうと、もっと奥まで届くまで貫かれようと、デスに押しのけられるままに秘肛を弛緩させた。びりりと粘膜が剥がれ、デスの熱さが凍みとおる。鋭角に擦られて血管を破られるたび、取り返しのつかなさに血の涙を流し嘆く心が、裏腹にカラダが教える被虐の喜びに貫かれた。ねちゃねちゃと粘る淫靡な音が、デスとの交わりから発し始めていた。
「熱ぅッ!...っ!...あはぁ、あ、あ、あああ...っ! 」
「とてもいいよ.. 炉心のように熱くて.. ..鋼すら熔けてしまいそうだ... 」

満ち足りた男の快い声が耳を侵した。時折りデスが与える深い突き上げで後ろに傾いだ。制服の前が割られ、覗かせた裸身に噴出した汗が、十字架を背に苦しむ彰を月明りの下で妖しく浮き彫りにした。反動にも逆らって自分を断ち割りながら更にめり込ませていく。自らしていることのあまりの恐ろしさ。気絶寸前の身体を、蝋燭の炎のようにゆらゆらとくねらせ、痛みに迸りそうな悲鳴に食いしばり、疵の疼きに喜ぶ狂気の塊りを沈めつくした。
「ひぐっ ...はあ! い、 いっ...ひぃい! 」
「っ...かわいい病魔だな、きみは... 僕を冒してる... 」

中で増した大きさを感じた彰は眼をつむり、デスを受け入れる呼吸のために開いた歯並びの奥から、喘ぎに濡れた息衝きを解放した。快感を感じていたわけではなかった。激痛はそれを破壊して身体中を蝕んでいた。ただデスと一つに融け合いたい。デスを満足させ、またこの身に戻して欠損を埋めたいだけだ。それだけだ。しかし、自分の胸の鼓動が、股間に突き刺さり熱く漲ったままのデスの性器の脈動と同期していくのを感じる。自分の中をデスが喜んでいる。それに自分が欲情している。埋めた肉が肢の狭間に吐き出すはずの熱流を、一滴残さず吸い上げたい。カラダが命じるままに彰は一心にデスをしごき上げた。
「...はぁ、あはっ...んっ ん...んんっんふあっ」

激しい欲情の放出を煽らんと動き続ける彰の躯に、きつく指を食い込ませ耐えながら、デスは彼の濡れた肉が自らに巻きつき、捻じり擦りあげる肉欲の交歓を果てしない喜悦の内に享受していた。見上げている彰の頬には涙が伝っていた。その貌は夜空のどこか遠くへ向けられ、月光に照らされた瞼には恍惚の色が降り始めている。苦しいはずの静寂の輪による絞首、その閉ざされる痛みにさえ抗い、彰の性器は色情に彩られていた。悲痛と苦悶、そして全てを受け入れようと緩ませ抱擁を続ける彰の姿が揺らぎ、架刑に処せられた白い薔薇に重なった。それはデスに幽かな不安を忍び寄らせるものだった。彼は身体を起こし、制服が脱げかけ仰け反る半裸を強引に手繰り寄せた。下半身をくねらせるたび熱い喘ぎを啼かせている唇を求めた。柔らかなそれは半ば開いたまま、デスの切望に何の反応も返しはしなかった。頂点が近づいている。まるでそのまま霞と化してどこかへ消え去りそうな彰を引き戻すように、デスは息を弾ませて囁いた。

「彰、叫んでくれ、僕の名を! 」

「あッ はあっ ...デス! デス! イッて、おれっ ..俺でッ! 」

嬌声の最後に、彰のからだが硬直し、息を止めてぶるっとわなないた。深々と隈なく穿たれた内部に、びくびくと放たれている熱い塊が自分を打っている。眼を瞑り味わうその重い振動... 初めて出逢う快感がつま先までひくつかせた。狭い肉壁が無意識にしがみつき、デスを搾り尽くそうと渇望した。「く...ふぅッ... 」 体内で男を抱きしめる充実に、彰の高く甘い喘ぎがハナから抜けていった。熱いひろがりは限りなくカラダに沁み渡り、限りなく彰を自由にしていった。(俺は...自由だ、... ) デスを通じて彼の知る全てと繋がってゆく。デスの腕の中で生み出された解放にうっすらと汗ばんだ微笑を咲かせ、彼は収めた腰を灼痛を求めるようにこすりつけた。

デスも眼を閉じていた。荒く息を吐き、震える身体を掻き擁きながら、迸り続ける自分をもっと彰の奥へと送り込んだ。まるで受胎させたいと欲するように、きつく。彼の身体の芯まで届いて熱く融かすように。その動きは、彰の押し付けと重なり、深く強く結びつきを果たした。デスの瞼が開き、しばし驚きと苦悶を瞳に浮かべると、また静かにゆっくりと閉じていった。
(
(ぼく)
を超える、可能性... )

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