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“それ”を拾って
彼女のようにトリガーを引いて
僕が君を守る
“コイツ”なんかじゃ、アレに勝てっこない
僕を、自由に
強く願うんだ
“ペルソナ”って!
『さぁ...』
寮の誰もが知らないという受付の少年。彼が促す声を、あの時たしかに俺は聴いた。
「やぁ、元気かい? 」
不意に降りかかった言葉は、沼底の泥のように沈んだ深い眠りを掬い上げ乱した。
あまりの唐突さは、夢の続きと思ったくらいで...
朦朧と目を開けた丁度その先に、まるでそれ自体が光るかのごとく白い横顔がくっきりと見える。
だからよけいに目立つ泣きボクロが、”あの時の男の子だ”と、俺の意識に告げた。
足元、ベッドの端にちょこんと座る囚人服のような柄のパジャマを着た姿は、こちらを向いて、フフ...と微笑んだ。
まなじりの上がった透明で大きな水色の瞳...ダイオードめいた輝きのままだ。
それさえなければ、―――遠い日に亡くした母親の面影に似ているのに。
俺はこの数週間で大抵のことには驚かなくなった。とはいえ、この”妙な少年”こそが、事件の前兆そのモノのような気がしてならなかったのも事実だった。
そう広くも無い部屋に三つある窓の、薄いカーテンを透過して差し込む禍々しい月明りは、いまが影時間であることを示している。いつもはうるさい近所の犬の吼え声も、この時ばかりはしんと静まり返っていた。意識が現実に甦るにつれ、ふと、鍵を掛けたはずのドアを思い出し、当然わいた疑問を俺は口にした。
「何処から入った? 」
不審気に響いたそれに、彼は眉を顰めパチパチと睫毛をしばたき、一瞬だが本当に泣きそうな顔になった。
「僕は、いつだって傍にいるよ... 」
まさかこれって背後霊? ...冗談だろ。
やはり、夢の続きのような気がしてくる。―――それも残酷な、せっかく忘れかけている記憶を掻き毟る酷い夢。そんなもの、俺にみせないでくれ。いちばん傍にいて欲しかった家族は、すでに亡くなって久しい。俺はもうあの頃の俺じゃない。無いものねだりをして泣いたりはしない。俺はわざわざ死んだ恋人を地獄に迎えにいって失敗するようなアホなんかじゃない。どうしてあれが自分の分身なんだ...
あまり考えたくないペルソナへと向いた意識を、また少年が引き戻した。 こっそり宝物でも見せるような、神妙な声で。
「もうすぐ...”終わり”が来る。 なんとなく思い出したんだ。
だから、君に伝えなきゃと思って 」
何にでも終わりはあるだろ...なにを今更。俺が背を向けた気配に、少年はひとつ小さな溜息をつくと、それまで腰掛けていたベッドから飛び降りた。 ...ような気がした。やれやれ、消えてくれるのか。そう安心して、顎を毛布に埋める。
だから、次の言葉が耳のそばで囁かれた時は、心臓が跳ね上がるはめになった。
「初めて会った時のこと、覚えてる? 」
しかたなく、真上から覗き込むように寄せられた幼い顔に、首を傾けた。
ああ、覚えてるよ。―――心で返した応えを、しかし少年は理解しなかった。幽霊には、人間の考えてることが分からないのか。これは新しい発見だ。
「僕の話、ちゃんと聞いてよ。 せっかく永い間、この時を待っていたのに 」
永い間? ...前にもそう言ってたな。
問い詰めようにも、潤んで拗ねた眼でじっと見られ、なんだか居心地が悪くなる。向こう側が透けているわけでもないし、幽霊とは違うのかもしれない、...そう思って、俺は少し前に考えていたことを言ってみた。たぶんこれは夢なんだから、間違っていたところで誰に笑われるわけでもない。
「...覚えているよ。大きなシャドウが来たときも、助けてくれたろ? ありがとう 」
とたんに、ぱっと表情が明るくなる。とにかく嬉しくて仕方が無い、といった風情で、少年は俺の首にかじりついた。
「僕の声が聴こえたんだ、ね。 ...大好き、 」
しかし、その次に言いかけた言葉を封じられたように、息を呑んだ。
全くの他人から、大好き、と言われた事など初めてだった。こんな風に頬ずりされることも。
―――なかなか悪くない気分だ。すべすべした、予想より少し温度の低い肌を無心に摺り寄せて、甘えた子犬ように鼻をならしている。やっぱり幽霊じゃないなこれは。もしそうなら俺は脳が末期に違いない。
少年は、わずかに身体を離して、困ったような顔をして黙り込んでいた。そのしょぼくれた表情を見ていると、どう魔がさしたのか、頭を撫でてやりたくなった。 ...まるで、昔の自分を見ているみたいだったから、かもしれない。
そっと毛布から引き抜いた手を伸ばすと、(何をするの? )という惑いと期待を覗かせている顔を通り越して頭を”いいこいいこ”した。母親が、かつて俺にしてくれたように。
触れた瞬間は驚いたようだったが、直ぐにうっとりと眼を細めた少年の髪は、手のひらの下で素直に滑り、とても気持ちがいい。撫でる方も楽しくなってくる。 ...俺もこんな風に思われていたんだろうか。
ひとしきり撫でて頭から離しベッドから垂れ下がる前に、白い小さな両手が、俺の指を受け止めて包んだ。
「僕はいつでも、君を見てる。
たとえ君が僕を忘れててもね... 」
こちらがびっくりするほど真剣な、真摯な口調で彼はそういって、もう一度ぎゅっと握ると、音も無く立ち上がった。
「もう、時間だ。 ...じゃ、また会いにくるよ 」
切ない声音のしっぽと月光の輪郭。そして微笑みの気配だけを残し、少年の姿は見えなくなった。
―――ああ、またね。 残された俺はなんとなく寂しい気分を抱えて、けれど最近ではとんと覚えの無い幸福感に満たされた眠りに落ちていった。彼の名前も訊かなかった、という淡い後悔を想いながら。
それから何度、あの密かなひと時が繰り返されたことか。よく考えれば真夜中に少年が忍び込んでくるという異常な事態に、―――と言ってもいま俺の置かれてる状況自体がすでに異常なんだけど、―――すっかり慣れてしまった自分が少し怖い。
あの男の子は、「ずっと傍にいる 」にしては、実際見てれば分かるような問いをたくさん投げかけてきた。まるで、俺が何と答えるのか試したいだけように、日常生活のどうでもいいあれこれ、数えるまでもない対人関係について。そのくせ、こちらの質問には、ほとんど要領を得ないイメージでしか返さなかった。
君は誰なの? と訊いたら、「このあいだ会ったでしょ、わすれちゃったの? 」 また、口癖のように繰り返される“終わり”“試練” ...それってなんなの? と尋ねても、「ごめんね...実は僕も、ハッキリとは分かんないんだ 」と、不安そうな眼になってしまう。
ただ、ピンチの時に実際的な助けをくれたこともちゃんとあった。シャドウに憑かれた暴走列車をすんでの所でとめられたのは、彼がブレーキを指差すのを視たからだ。つい三日前に山岸を救出しに行ったタルタロスでは、ひとり皆とはぐれて飛ばされ無防備に床に伸びていた俺の、目覚めを誘いに現れた。
味方、と考えていいのだろうか。それともあの摩訶不思議なベルベットルームのイゴール老人のように、ただの孤高の酔狂なのか。きちんと推理するには手持ちの材料が足りない。
まるで生き急ぐみたいに、会うたび老成していく口調。その印象とは逆に、ひたむきにまっすぐ見つめる水色の眼。俺は、あんな風に他人を信頼しきって見たことは無いと思う。子供の頃でさえ。
ほんと、何者なのかな。まだ彼の名前すら知らない。
いつも姿が消えてから、(ああ、また訊くの忘れた)と後悔しする始末だった。寝ぼけた頭はそう直ぐには回らないし、彼はしゃべるだけしゃべっていなくなるしで、え...ひょっとして、振り回されてないか? 俺は...
いつのまにかこんな風に、少年が来ない夜に、自問自答を繰り返すようになっていた。
俺は、本当に...知りたいんだろうか。あの、実体のある幽霊みたいな、神出鬼没の囚人みたいな、予言するくせに何にも知らない...矛盾した子供。何の目的で、俺を助ける? それに...満月に街に出るシャドウと、どんな関係が?
(...結局分からないまま、今夜も過ぎてしまうのか。)
それまで一人の他人に興味を抱く暇も無く、転々と生きてきた俺は、いまだ自分の中での彼の位置を図りかねていた。
山岸という隣のクラスのペルソナ使いを救出してから、そんなに日が経っていない頃、またあの縞々少年はやってきた。
その夜は呼びかけでは無く、珍しく揺さぶって起こして、こっちが昼間の疲れでグラグラする頭を立て直している間、彼は上機嫌で何かの褒め言葉らしきセリフを口にしていた。
俺がやっとの事で上半身を起こした時には、小さな顔が目の前に... つまり、俺の脚を下敷きにしたまま掛け布団の上にぺたんと座って、こちらを見上げていた。全然重くはなかったけど。そういえば、子供にしてはちょっと身体に骨が目立つし、栄養が足りてなさそうな気がする。
少年は、少しはにかんだ表情で、意外なことを切り出した。
「ねえ、よかったら、僕とトモダチになってよ。 君にすごく興味があるんだ...どうかな? 」
「ともだち? って、友達か... 」 一瞬、何のことか分からなかった。普通、友達関係って...こういう”真夜中に謎の年の差コンビでなにやらオカルト会話” みたいな、変な交流の事は指さないんじゃないか? それに、改まって興味があると言われても、俺はペルソナ能力以外はたぶんフツーの高校生だし、興味をそそるのはむしろ、謎だらけのそっちだし...
謎で思い出したので、やっと名前を尋ねることができた。すると彼は小首を傾げて、こうのたまった。
「名前? そっか、名前が必要なんだね 」
やっぱり。っていうか、やっぱり。
こいつ、人間じゃ、ないんだ... 10歳位に見えるけど、まさか出生届をそんなに待つ役所は無いだろう。実感をかみ締めたら、肌がザワついてしまった。そうだよな、何しろ消えては現れるの、この眼で見てるんだから。これが人間だったら末は世紀の大マジシャンか大泥棒で確定だ。索敵マシーンの美鶴先輩が何も言ってこないところをみると、シャドウでもペルソナでもペルソナ使いでもなさそうだし。ますます謎が深まってしまう。
長考の結果、どっかから拾ってきた、という口ぶりで、「僕の名前は...ファルロス 」と告げられたとき、俺は即座に思った。(”きみ”でいいや... )
なんて呼びにくい名前なんだ。そもそも日本語ですらないだろ、それ。
「よろしくね、彰 」 そう微笑んでファルロスは、俺の膝に手を置いた。
「こちらこそ... って...前に名乗ったことあったかな 」 俺は首を捻った。
「サインしてもらったろ? これはね、僕に許されている事だったんだ。 それが分かったから、とても嬉しかったよ 」
「許されてるって? 」 また難解ワールドが展開... 目眩を感じつつそう訊くと、
「それは、言えないんだ。ごめんね... 」 とたんにすまなそうに眼を伏せる。
でもね、と思いついた何かにファルロスが顔を輝かせた。コロコロ表情が変わって、とてもついていけない。
「赤い花の種から赤い花ではなく、白い花が咲くかもしれないのって、とても不思議だよね? それが、友達だったら、なおさらだよ 」
「それって...花の品種改良の話? 」 何かの比喩か? と思いつつも直球でいってみたところ、
「違うよ、僕の友達の彰、君の話さ 」 と呆れられた。 うーん。
さて、と少年はベッドからするりと降りた。
なのに皺の一つも寄らないベッドカバー。そんな相手に不思議呼ばわりされる俺。
「じゃ、今日はもう遅いから、またね 」 そういい残して、ファルロスは消えた。
影時間だけに、疲労が倍増したような気がする......
後日、美鶴先輩に命令されて入った生徒会の、読書好きで有名な会計の子に、何気なく「ファルロスってなにか意味がある言葉? 」と訊いてみたら、顔がみるみる真っ赤になった上、しばらく眼もあわせなくなった。 ...なんなんだ一体。
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