Persona3小説 08. 死想の街 忍者ブログ

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08. 死想の街


乾いている――



その日、望月綾時は、ポートアイランド駅の自販で缶コーヒーを買った。そして、すぐそばの壁に寄りかかって時折りそれを口に運びながら、駅前の往来を見るともなしに眺めた。


今日は何かの祝日で、月曜なのに学校は休みだった。居候先の女も仕事に行ってしまい、退屈になったので街まで出てきたのだ。

暇さえあればいつも考えることを、今も考えていた。―――

(僕は、本当はどこの誰なのかな・・・。)

彼を車で撥ねたらしい女は、自分が”深夜のムーンライト・ブリッジ近くの閑静な道の真中に、ほとんど何も身に着けていない姿のまま立っていた”と語った。

「急に現れたように見えて、避けられなかったの・・・」そう彼女は弁解した。彼女は、彼に対しての心配というよりも、有名な占い師の自分が事故を、つまりスキャンダルを起こした事で全てを失う ―――その未来をこそ何よりも恐れていた。

まともに撥ねたはずなのに、相手がほとんど掠り傷で済んだのを、彼女は天恵と受け止めた。「守護霊さまが守って下さったんだ!」 涙を流しながら一心不乱に天井に祈っていた女の顔を思い出し、綾時は片頬で笑いコーヒーを一口啜った。

あの晩、パニックになり彼を自宅に運んだ女は、次の日に眼を覚ました綾時に心底感謝した。そして彼が発したいくつかの言葉は、最初に彼女を青ざめさせ、次に安堵させた。

「僕・・・ ここは? あなた誰? 僕・・・は・・・」 何をしていた...?

自分がどこで何をしていたのか、いくら考えても全く思い出せない。

先に気になったのはそのことで、”自分が何者なのか”と疑問をもったのは、しばらく後になってからだった。

”記憶喪失”。それが完全に判明した時、彼女は懇願した。「あなたの言うことは何でもきくから、事故のことは黙っていて、お願い・・・」 眼の奥に被虐がかった情欲さえ覗かせて。 


―――そして、
現在(いま)の自分があるわけだ。

寝る場所、金。女占い師は、自分の持つ裏のツテを頼り、綾時が生きていくのに必要な諸々を用意した。生活に必要なもの、“学校”に入るために必要なものも、全て綾時が要求するままに。

(・・・僕に分かっていたのは、あの場所だけだ。)

自分が誰なのか思い出そうと、足の赴くままに街を彷徨ってたどりついた場所。そこには、引きつけられるのに見覚えの無い建物があった。『私立・月光館学園』。

この学園に行けば、誰か自分を知るものがいるかもしれない。そう思って乗り込んだ彼の確信はすぐに破られた。自分は、ここに属した過去を持たない。

(でも、じゃあどうしてあそこが、僕にとって重要な場所だと思うんだろ?
あの建物ではない、何か違う、別のものがあった・・・のかな。)

(僕は、なんだったんだろ・・・) 自分が何を知らないのかも分からない。知っているのは、生活の知恵と、高校生程度の知識だけ。肝心の、自分を知らない。

綾時は溜息をついて、空になった缶を横にあるゴミ箱に放り投げた。



目線を前に戻した時、少し離れたところに、見知った姿を認めた。自分の知らない誰か・・・男と話しているようだ。

(何してるんだろ?)

いつものようにイヤフィットヘッドフォンを肩から垂らし、ほとんど前髪で顔を隠して。それでも、雑踏にあってさえ彼は目立つ。整った容貌以上に、”雰囲気のある人”だ。

(あれで女のコだったらねぇ・・・)

顔だけ見ればボーイッシュな美少女って感じなのに。
惜しいなぁ、という気持ちは、初日から持っていた。“彼”にも指摘された”眼が合って感じた不思議な驚き”は(いっちばん惹かれたのに、よく見たら男だった! がーん)という落胆だな、たぶん。・・・と、いまでは思っている。

校内の女子を総ざらいにした結果、“彼”に憧れつつも高嶺の花にして、声もかけられずに遠巻きにしている女子も多いと知った。というか男子にも? その”彼”自身には自覚が無いのか無頓着なのか積極性が無いのか、浮いた噂ひとつなかった。かろうじて寮生の女の子とは普通に喋っている程度。

自分が、陰で“タラシ”だの“ヨゴレ”だのと後ろ指をさされているのは充分承知の上で、綾時は考えた。

(健全な男子と言えるのかなー、ああいうの?
それとも、超極秘でお付き合いしてんのかな。
そーいえば順平君は「どーも奴はオンナにフられたらしい 」って言ってたっけ・・・。)

順平とは、よく話しかけてくるのでいまはすっかり仲良しだ。ただ、今日は出掛けに誘おうと連絡をとろうとしたが、何度コールしても彼は出なかった。
順平はいいヤツだ。あまり細かいことにはこだわらなそうなタチだから、秘密を抱えている自分には都合がいい。“普通の高校生”としての自分の隠れ蓑にもってこいだ。

(・・・フられたんなら、さっさと次にいけばいいのに。僕ならそうするけどな。) 綾時は小さく欠伸をした。(誰か一人に絞るからそーゆー目にあうんだよ、色男クン。)

ぼーっと眺めていた二人のやり取りが、なんだか不穏な様相を呈してきた。言い争いになっているような・・・?

(・・・どしたんだろ。)

綾時は弾みをつけて壁から離れ、通りすがりを装って、ブラブラと二人に近づいていった。






「いらない。 ・・・他をあたれって言ってる」

「え~、イイじゃない、ちょっと話をきくだけでもさ。 いまヒマなんでしょ? 君すっごく魅力的。ぜったい後悔しないって! お小遣い稼ぎにもなるし・・・ ね?」

距離が縮まるにつれ、柱の傍でのやりとりが耳に入る。
高級そうなスーツを着た中年の男性がなにごとかを誘い、彰がそれをつっぱねている、そんな感じだ。

「あんた・・・ こんな事で人生ムダにしないほうがいいと思う」

彰の強張った無表情が少しだけ、相手を哀れむような形になった。それから彼は、行く手をしつこくふさぐ男性から立ち去ろうと強引に肩を進める。


「おーい! 何してんの?」
トラブってるなら後ろに逃げればいいのに。そう苦笑しつつも、彰らしいその姿に綾時は呑気に声をかけた。

「・・・綾時?」
彼に気付いた彰の眼がすぐに大きく見開かれ、口がぽかんとなった。じりじり後ずさりし、いまにも駆け出しそうだ。

「あ、ちょっと、キミ! キミもいいじゃない・・・!
ちょっとそこでオイシイお話ききたくない?」

ターゲットを替えた中年男性が、綾時に擦り寄ってきた。

「僕、彼とこれから約束あるし、また今度ね」
優しく笑ってやると、中年男性は舞い上がって「ホント? じゃ、これアタシの名刺だから。アナタの連絡先も・・・」 そういって手にカードを押し付けてくる。

「ごめんねー。女の子にしか教えないって決めてるんだ」
さらっと辞退して、たぶん逃げようかどうするか迷っている様子の彰の方へさっさと向かった。

「おまたせー! じゃ、行こうか」
後ろで続く抗議の声に、わざと聞かせるように調子を上げて彰の肩を抱く。そのまま背を押してとりあえずその場を離れながら、呆然としたような視線を地面に落としている彼の耳に顔を寄せ、囁いた。

「・・・どうしちゃったのさ彰。 スカウトくらい軽くあしらいなよ」

「・・・・・・・・・」

彰は震えながら綾時を見た。

「気分でも悪いの?」 その顔色の悪さに驚いて綾時が尋ねる。

「無い・・・ ・・・やっぱり、無い。 チドリと、同じだ・・・」 

血の気の引いた唇から掠れた声が
()れ、身体ががくんと崩れ、彼は地面に膝をついた。

「えっ ちょ、ちょっと!? 北川くん? 彰!?」 慌てて腕を揺さぶると、

「いい。 ・・・何でもない。独りにさせて」 彰は力なく首を振った。

「そんな訳にもいかないでしょー? いくら僕が非常識でもさ・・・」


綾時は辺りを見回してタクシー乗り場をみつけ、 ほとんど気を失いそうな彼を巌戸台分寮まで運んだ。土曜日に順平に誘われて遊びに行ったので、場所は分かっていた。

寮のロビーにはひと気が無く、重厚な調度のせいか、どこか重苦しい空気だ。

「歩ける?」

「うん・・・」

とりあえず肩を貸し、教えられた二階廊下の一番奥のドアまで行った。ノブに手をかけ、鍵が掛かっていることに気付く。

「カギどこ?」

「・・・自分でやる。 もういいから。 ・・・今日は悪かった」

ポケットからカギを出して外す手が傍から見ても分かるほどに震えている。綾時がハラハラ見守っていると、カギは鍵穴に挿さらずに床に落ちた。彰が短くため息をついて拾おうとするのを、横からさらって開錠してやった。

ドアを開けたとたん、彰は左の洗面所によろめいて、顔を突っ込んでえづいた。

「うっ・・・ハァ、・・・ゥェッ、・・・」


こういうのは彼みたいな人の場合、あまり他人に見られたくないだろう。そう思って綾時はそっと離れ、順平の部屋に近づき、ドアをノックする。

「順平君? いないの? じゅんぺーくーん?」 部屋は静かだ。

(弱ったな・・・。)

寮中に響き渡る大声をだすという手もあるが、新たな伝説でもできたら恥ずかしいし。寮の中心で助けてと叫ぶ望月、なーんて。TVでやってた映画みたい。

(・・・・・・ま、いいか。どうせ暇だし?)

事故の時に自分が女にされていた看護を指折り数えて思い出し、なんとかなるだろ、と彰の部屋にとって返す。

中を覗くと、彼は洗面台の前に、身体を縮めて倒れていた。

「うわっ!?」

(食あたりかな?) 恐る恐る排水口を覗くと、何もなかった。ぜんぜん食べていないのかもしれない。

綾時が彰をベッドに運び、ジャケットを脱がせたりタオルを濡らしたりしている間、部屋には西日が射しはじめ、一日は夕方になりつつあった。








ああ...厭だ、こんなもの、見たくない―――

ファルロス、どうして? あんな...

...どうして、俺に...

気持ち悪い...

イゴール... なぜ外れないんだ、なぜ...



それは人間の“魂の緒”と“黄泉路”...
冥王ハデスに仕える死神の、
王の眼がもたらす力...

貴方がこれから視続けなくてはならない、
それは、モータルの始まりと終わりの糸...
運命の三女神が紡ぎ、長さを決め、
断ち切る糸...




厭だ、視たくない、いやだ、...

......








“タナトス”を得てポロニアン・モールの隠された路地を出たとき、目の前の光景に
戦慄(せんりつ)した。

人間から、薄気味悪い光を放つ糸が生えている。
幾筋も・・・交わる絆が視えるかのように。
それがなんなのか分からないまま、誰にも言えないまま・・・過ごした。


そして昨夜、順平がチドリを失った。
いや、得た・・・と言うべきだろうか。 ・・・永遠に。


彼女は塔の前に立っていた。

その姿を眼にしてはじめて俺は、“死神”のペルソナを備えたことの意味を理解した。彼女の行く手に間近に迫る、終焉へと消える糸が視えた。ほとんど全てが何ものにも交わることは無く途切れ、だから分かった。短い一つが、順平へと繋がっていたのが。

死神タナトスの眼は、人の生と死の可能性を視る。モイライによって定められた死ぬべき人間の髪を刈り、ハデスへと送る、それが役目。

人々から細くたなびき刻々と変化する黄泉路の光景を、これ以上視たくなくて、他のペルソナへ変えようとした。 が・・・外れない。

ベルベットルームに駆け込んで、イゴールに何度頼んでも無駄だった。自分にその力は無いと、あのなんでも出来そうな老人は言う。“それ”は通常のペルソナではなく、俺に直接植えられた“核”を持つモノ。自ら選び取った道に責任を持て、と。・・・酷すぎる。

誰がいつ死ぬか分かっていながら、何も出来ないのに、あれを視続けなければならないのか? 自分が死ぬまで?

嫌だ、そんなの耐えられない。

ファルロス、なぜ、“これ”を俺に残した!






「...ファル、ロス... 」

「大丈夫? 気がついた?」

「どうして、俺にこんな、 ...ひどい、」


「うわ言か・・・」



ファルロスがいる。 ・・・ファルロスの声、低いけれど、これは、・・・彼だ。

俺は、ゆっくりと眼を開けた。彼に、言うべき事があったから。

でも、声がしたそこには彼ではなく、・・・綾時の、微笑んだ顔があった。


「あ、よかった。平気? コレ洗面器持ってきたけど、ヤバかったらここに」

椅子に座っていた彼は机の上に置いてあった洗面器を
(つか)んで立ち上がり、枕元に近づいて俺を覗き込んだ。

「なんで君が・・・?」 言ってから、・・・思い出した。なんとか“タナトス”を消す方法を見つけようとイゴールの元に再び向かう途中で、彼に会った事。

「なんでって ・・・ま、いいか。覚えてないなら」 相手は肩をすくめて、なぜかフフ、と笑った。

「いや、思い出した。 ・・・ごめん、迷惑かけて」

「んーん。 ・・・ちょっと役得だったかな?」

「ヤクトク・・・。って、なにが?」

「え、改めて訊かれると恥ずかしいけどさ」 頬に手をあてて何やら照れている。「脱がせるとき、ちょっとドキドキしちゃったよ!」 

(脱が・・・?)

言われて急いで毛布の中を見たら、裸・・・全部・・・「・・・なにこれ。な、なにこれ!?」 

「え? だって、それで正しい筈? だけど・・・」

冗談じゃない! 困惑顔の綾時を
(にら)みつけ、俺はドアを指差した。「・・・さようなら。いつかこの借りは返すから」 

「そんなさ、邪険にしないでよー。 いちおう恩人でしょ? 僕」
「いいから。・・・あ・・・」

糸が見えないことが、うっかり俺を普段のようにしてた。
綾時には、普通ならあるはずの“黄泉路”の糸がない。

・・・なのに、どうして・・・・・・親子の間にしかない“魂の緒”が俺と繋がってるんだ?

頭がずきずきする。

「だめだ、もう・・・」 こめかみに拳をあてると、息苦しい溜息が洩れた。

「そういう時は、さん、はい、『お手上げ侍』!」 彼はおどけた顔で順平受け売りのギャグを飛ばしたようだ。

「・・・・・・・・・」

全く笑える心境に無い俺の沈黙に、綾時はみるみるしおたれてしまった。心の隅で申し訳ないとは思うが、頭が整理できていない今は無理だ・・・。


「元気・・・・・・だして?」

「ほっといてくれ」

「ほっとけないでしょ? 友達なんだから」

「・・・・・・友達?」

笑えてくる。その、“友達”とやらが残したものが、いま俺をどれほど苦しめていることか。
狂ったように笑い出したくなった。抑えきれない・・・。


「・・・友達なんか、要らない」

綾時が息を呑む音が聴こえた。

「もう沢山だ。 他人は地獄だ。 よく分かった。
もう俺に、かまわないでくれ。 ・・・出て行け!!」

俺は背を向け、毛布のつくる暗闇で笑いながら泣いた。
腹の底から身を震わせる悪寒が止まらない。

死期の視えない男。 ・・・そんなのに関わっても、すぐまた失うだけだ。


「そんなこと、・・・言わないでよ。 ・・・僕が、何したっていうのさ。
ただ、自分の知ってることを、・・・してあげた、だけなのに・・・」

かすかに、途切れ途切れに、哀しそうな声が聞こえる。自分が彼の親切に対し、酷い言葉を返した自覚はある。でも、言わなければならないと思った。これ以上、無駄なやりとりを重ねてしまう前に。

「それには礼をいうよ。 でも、独りにしてくれ。 ・・・二度と俺に近づくな」

頬が痙攣して歪んだ笑みになったとき、最後だと思うほどの涙が両目を横切り、シーツに染みていった。

永遠に眼を閉じていたい。 ・・・いや・・・死んでしまいたい。

俺は、死にたい。 ・・・独りで。






「君は・・・・・・孤独な人だね。 
何に傷ついてるのか、僕に解る資格が無いのが悔しいけど」

長い沈黙の後、綾時はそう言った。
動く気配がし、足音が遠ざかる。ドアを開け、彼は出て行った。








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