Persona3小説 09. 暗い日曜日 ★ 忍者ブログ

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09. 暗い日曜日 ★


「これが本物だったらな・・・」

彰の乾いた半開きの唇から、呟きが洩れた。
投げ出した足の間に置いた召喚器は、形も操作も拳銃にしかみえない。こうして願うことも何日目だろう。壁に放置された壊れかけのプレイヤーのように、彼は同じ事ばかりを繰り返していた。

携帯を取り出してみつめ、聴いていた曲を止めて、ヘッドフォンを外す。



「・・・・・・・・・行かないと・・・」

シャワー室に行き、身体を丁寧に洗った。
彼を産んだ存在への、最後の礼儀のようだった。





遠回りになるいつもの通学路ではなく、バスと徒歩でムーンライトブリッジへ向かった。

吐くのが厭で一週間何も食べなかった足は地につかず、歩いていても常に浮遊感が纏わりついていた。目指す橋の途中には、彼にとって多くの”視たくないもの”があった。それら全てに顔を伏せて頭の地図を頼りに歩みを進める。

海が近づいてくる。階段を上がり橋の上に出ると、下から吹き上げる冷たい強風がつま先から髪までを巻きこんで通り過ぎた。躯が攫われるような感覚に、恐怖なのか願望なのかわからない衝動が走り、足をふらつかせる。

再び、彼は歩き始めた。左右を海洋に臨む橋の、中央へ。

(もうすぐ、真ん中だ・・・。 あの辺りなら。 たぶん―――)

遺体も残さず消えたい。それだけが、望みだった。両親が亡くなったムーンライトブリッジの中央は、それを叶えてくれ、かつ、彼にとってはこのうえなくふさわしい場所に思えた。

手すりの上から覗くと、吸い込まれそうに暗い蒼色で目の前が塗りつぶされた。
しばらくそのまま、胸に空いた虚ろに耳を傾けるように眼を閉じていた。

・・・・・・しかし、そこにも、やはり救いや答えは無かった。

耳に残る曲の旋律が誘うままに、彼は身を乗り出した。








―――君ってホント律儀だね。そんな精神状態なのに、」

その声がした時、聴覚が止まっていたような周囲の静謐さが掻き消え、突然、車の往来が最強音で彰の鼓膜を衝いた。磯の強い匂いが嗅覚を満たし、風が横なぎに長めの髪を払う。冷ややかな声が胸に刺さる。

「わざわざ日曜まで待ったわけ? 自殺なんか・・・」

「あうっ!」
いまにも落ちる寸前だった身体が、凄まじい力で襟首を掴まれ後ろに引かれコンクリに叩きつけられた。首が絞まり背骨が砕けそうに悲鳴を上げた。瞬間、心臓が引き攣って肺から全ての空気が抜け、直後に激しい咳き込みが襲った。

「・・・くっ、・・・がはっ・・・」

仰向けでゼイゼイのたうつ彰の前髪を引き上げた人物は、腕に爪を立てられても物ともせず、何度も彼の顔をはりとばした。はずみで彼の後頭部が何かの角に打ちつけられ、視界がぶれて頭蓋の内が暗くなり、光線が縦横に走り、周囲に黒い霧が湧いて―――全てが落ちた。







「     ・・・ッ」 
首の後ろに冷たさと激痛とを同時に味わって、一瞬、彰の体に美鶴の”処刑”の恐怖が甦った。

「あんまり驚いちゃってさ。 ・・・スマートさに欠けてしまったよ」

ガンガンと脈打ち締め付けられる頭を振り払いたかった。でも、そんな事をしたらバラバラと破片が散る位の頭痛の予感がする。

正気のまま眼を開けるのが怖い。死んで今頃安らかだったはずの未来予想図が思いもしなかった事態に塗りなおされてしまった、捨てたはずのゴミをまた戻されてしまった、また死にたさでいっぱいの一日を生きなきゃならない。 (・・・どうして邪魔した、何故!?)

「なぜ、綾ぅ・・・」 乾いた手が口を塞いだ。親指が頬に食い込む。脳が揺れて疼きが走る。

「名前なんか呼ばないで欲しいな」 その手の持ち主が小さく笑った。「・・・くじけるから」

腕が肘から指先まで痺れている。やられたのは背中と後頭部なのに・・・・・・人の身体は全部繋がっているのか。それでも、手を払いのけようとしたら、薬指だけは反応してぴくっと動いた。
身体が動くと分かったら、痛みにすら慣れてきた彰の鈍麻が、少しだけ覚めてきた。

「みんな心配してたよ・・・君のこと。 これだけは知っておいて」

みんな、という言葉から寮を連想した。
ここは彰の知らない匂いのする暗い部屋だ。空調と、外からか微かな渋滞の音だけが聴こえる。疑問が、意思に反して薄眼を開けさせた。

薄暗いオレンジライトに染まったシーツと見たこともないサイドテーブルが見えた。彼が頭を動かそうとした時、首の後ろの冷たいわずかな重さがそれを封じた。それほどに、力が出ない。

彰はうつ伏せになっていた。 ・・・ベッドの上に。
柔らかな声は、背後から降った。

「・・・なに考えてるの?」

何に対しての質問だろう、と思う。 橋での行為か、現在の心境か。いまはどちらも答えられそうになかった。不安と混乱で、心臓が早鐘のようだ。

「ここ、 どこ・・・」 息詰まる痛みに総毛立ちつつも、浮かんだ問いを搾り出した。

「ホテルだよ。 ・・・橋の近くの」
綾時の腕が脇腹の下に滑り込み、もう一方が肩を持ち上げ、そっと身体を傾けた。彰の首の後ろに当てていた冷たいタオルをとる。

シンプルな造りの、確かにホテルらしい一室。クローゼットのある廊下突き当たりに出口が見える。

「急なことだったから、・・・殺風景でゴメンね」 冷蔵庫に入れておいたタオルと交換した綾時が戻ってくる。

「別に・・・」 彼が何を謝っているのか分からない。
むしろ、一週間前の決別があったので、彰にとっては怖ろしく気まずかった。「・・・でも、どうやって、ここまで・・・」 湾にかかる橋は長く、途中は車も止められない。

「背負ってに決まってるでしょ」 他にどんな方法が? と綾時は目をしばたかせた。「フロントには、連れを休ませたいと言ってある。・・・打った所は大丈夫? マズいようなら医者を呼ぶけど」

「なんとか・・・」 礼を言うべきなのか余計なことをとなじるべきなのか、混乱の最中にあって、彰の口調には迷いがあった。それでも訊かずにはいられなかった。「・・・なんで、あそこにいたんだ・・・」 いまは痛みより自身の情けなさが胸を苛む。自分で選んだ愚かな結果を消去したいだけなのに。彼が居たばかりに、醜態まで
(さら)した。・・・そんな思いで。

「なぜだろうね。 ・・・気が向くとあそこにいるよ。 
ひょっとして、思い出のある場所なのかな・・・・・・」
ベッドに腰掛けた綾時はそんな彰の葛藤には気付かず、ちょっと遠い目になった。

彰は、依然として綾時と自分を掛け渡す、親子でもないのに繋がっている魂の緒を視ていた。あの橋であった事は自分にもいくつかあって、それが関係あるのかないのかは分からない。

(・・・どうでもいい。何もかも。)
綾時には、死期を示す黄泉路の糸がない。自分は、このまま生きていく自信がない。

(要するに、俺たちは”お先真っ暗”ってことだ。そうだろ?)
彰の唇が嘲りと哀しみのかたちに歪んだ。


「答えて欲しい。 いまでも死にたいのかどうか」 丁寧な凄みのある口調で、綾時が尋ねた。

そのいつもより低い声の響きが彰を圧さえつける。自分を見下ろしている彼が急に大きくなったように錯覚した。まだ一度も顔をまともに見ていない。見れるわけがなかった。

「・・・消えたいんだ」

本心だった。最初からこの世にいなかったように、ただ、消え失せたい。

もうこれ以上、人の死を知ってしまうことに耐えられない。この街は、彰にとって臨終が多すぎた。両親、荒垣先輩、チドリ、美鶴の父親・・・それに、これからも――



「そうか・・・ 」

しばしの後、綾時は溜息交じりにそういうと、ベッドに乗り上げ、彰の顔のそばに手をついた。

その揺れに、彼が何事かと眼を向けると、綾時はそれを見つめ返しながら、自分のシャツの裾から順に、片手でボタンを外している最中だった。 (なに、この・・・嫌な予感?) 耳の後ろに汗がにじむ。

「・・・友達じゃ無いんでしょ? ・・・僕たちは」 彰の問う視線に対し、そう言ったときの綾時の顔は伏目がちで、表情は硬かった。「なら、いまの状況じゃこれもアリかな、と・・・思ってさ」

「アリって、 ・・・何する気?」 自分で自分の声の頼りなさに竦む。

「・・・こうする気」

綾時がジャケットを掴んだ。それは彰が逃れようともがいている内に脱げ、身体だけがベッドの反対側に転がり落ちた。肘をついた衝撃が首に響いて不覚にも涙目になる。状況の不利さに、反射的に手が、いつも召喚器の収めてある場所を探った。でもいまは制服じゃないと気付いて彰の鼓動が跳ね上がった。

「やめろ、綾時・・・」

怖ろしくなったのは、”前途が視えない”ことで、綾時のする何をも拒めなくなる自分だった。それが出来るほど強ければ、自殺なんか企てなかったに違いない。

「・・・お、俺はだめだって!」

声を荒げるしか何も身を守るものが無い。彰は必死にカーテンを掴み激痛を無視して立ち上がろうとした。どこに力を入れてもその大きさは倍増する。眼の前が紅く染まる。耳に心臓があるかのようにズキズキと煩い。

「・・・わかってるよ?」 微笑の形になった青灰色の眼が未知の人のそれに感じる。「君はだめだ、そのままじゃ」

綾時に、今までこんな風に見られたことはなかった。これから何かしようとしてる眼。シャツの前をはだけて近づいてくる。彼だからこそ目をそむけたい。なのに、まるで敵を測るような自分の視線が動いてくれない。

「本気で殺すぞ・・・」
「・・・いいね・・・君のそんな顔、初めて見る。 わくわくしてきた」

いまの不穏な混乱が、いつかのような殺意に変わらないうちに止めて欲しいのに、綾時は不用心に距離を縮めてくる。みるみる彰の戦略の幅が狭まっていく。

「どうせ死ぬつもりなんでしょ? ・・・いまさら、何を守りたいのさ?」

心の退路まで断たれた。自分でも分かっていたこと...それを、綾時に先手をとって言われるとは。

彼の耳に触れた綾時の指が髪と肩を滑り、そのまま喉元に落ち、器用にボタンの一つを外した。次にかかる前に、先ほどの言葉にうなだれた顔を覗き込む。

「誰ならよかった? ・・・誰なら君はOKなの?」

ストレートに訊かれても、自分の中に答えが無い。自分には誰もいない。 ・・・誰も。

撥ね退ける理由が欲しい、なのに何も思いつかない。”男だから”、という理由は、綾時が”その気”なら無意味だ。すぐにでも死ぬかもしれない人間の望みを、どうやって切り捨てればいい?

(だから、“二度と近づくな”と言ったのに!――) なにも思い通りにならない自分の運命に目の前が暗くなる。

全てのボタンを外すと、無言のままきつく背ける彰の顔を両手で包み、親指で少しだけ荒れた唇をなぞった。

「不運だったね・・・。
・・・これだけ他人を惹きつけるのに、」

事実、言った通りに綾時は残念な気持ちのまま、うっすらと額に汗を浮かべた彰の前髪をかきあげた。前にみた時よりもはるかに進んだやつれが痛ましい。何が彼をここまで孤独にし、追い詰めているのか。どうすればその殻を破り、解放できるのか。(友達なんか要らない。) そう自分を拒絶した彼の事を、それでも考えずにはいられなかった。

別に段取りを考えていたわけでなく、自然とその儚さに引き寄せられ彰に口付けようとした時、彼の喉が塊りを呑み込む様に動いた後、小さな掠れ声を発した。


「・・・綾時、やめよう、・・・いまなら、戻れるから」 

「戻れる? ・・・何に?」 唇が触れ合う寸前で動きをとめ、綾時が尋ねる。

「・・・と、友達に、」 

「僕はもう、そんな目で見れそうにないよ。 ・・・君のこと」
自分の声の糖度の高さに、彼は内心苦笑いした。まさか男に自分がこんな風に訴える日が来るなんて。

それを聞いた彰の身体からわずかに力が抜けた。何かを諦めたように眼が伏せられた。生贄を差し出すように薄く開かれた唇に、綾時が軽く吸い付く。その疲れ乾いた表面を濡らすように何度かついばんだ後、抑えられない吐息で彼に宣告し、衝動のままに深く合せた。

「ぅ・・・・・・ん、」

同時にシャツの前をかき分けて忍び込んだ綾時の手が、直接、彰の素肌に触れたまま背中へゆっくりとまわされる。撫で回され皮膚から芯にまで届くざわざわした感触が、あの日ファルロスに触れられた記憶を彼に呼び覚ました。その瞬間に予感した、いずれ制御できなくなる自分・・・・・・それを恥じる自尊心の欠片が、薄く張られた理性の表面を傷つけていく。

「・・・いい匂いだね。まるで用意してたみたい」 彰を抱き寄せていた綾時が、息継ぎの合間にふいに囁いた。
「・・・?」

彰の身体から漂うソープの香りは、上がった体温に温められ、嗅覚をくすぐる程になっていた。死ぬ前の禊のつもりだったそれを意地悪く指摘されたのだと気付き、彼の耳がかっと熱くなった。「・・・っ違・・・」 否定の言葉は、再び合わされた綾時の中に消えた。

ファルロスとの前例があるぶん、彰の頭はほんの一部だが醒めていた。まるで自分で自分を見下ろし観察しているようなその視点が、あられもない格好で綾時に嬲られている自分を残酷に意識させてしまう。それでもまだわからなかった。綾時は自分をどうするつもりなのか。いまの行為が終わったら、それで”終わり”なのか。

「ん・・・っ、ぅっ、」
彼の尖った舌が自分の内部に入り、例の腰がざわつくツボを突きながら蠢いている。そこをサれると背中まで痺れて思いがけない声が出てしまう。なのに、これほどまでに侵食されても、まだ相手の考えていることが自分に流れ込んでこない。それが不思議でしかたがない。

あまりに長いキスに彰がついに冷や汗をかき始めた頃、やっと綾時は、水音を立てて唇をそっと離した。すっかり濡れた眼にさせられた彰を、やはり潤いを含んだ薄い色の瞳でみつめ、いまは婀娜っぽくみえる泣きボクロを歪ませて微笑む。

「・・・・・・君が目覚めるまでずっと考えてた。もし君が、まだ絶望をやめないつもりなら・・・。
・・・・・・どうしたら、男同士でセックスできるのか? って」

(セッ・・・クス?) ぼぅっと霞んだ頭で、彰が反芻する。

「・・・その時だけなんだ。 生きてるって実感できるのは」

綾時の指が、彰の細い下半身を包むジーンズのボタンを探しはじめる。

「君に教える方法・・・、その他に僕は知らない・・・」

解かれた前を開き、綾時が自分を見つめながら足元に膝まづいて行くのを、悲しみがきざした眼で追った。(・・・俺の、せいで?) 彼にこんな事をさせているのは、自分だ。

「・・・・・・綾時、もう大丈夫だから、」 これ以上するな、と続けようとした彰の脚を、綾時が押し留めるように片腕で抱えた。バランスを崩し、彰の背が壁に寄りかかった。「痛ぅッ・・・」 後頭部に疼きが甦り、背筋が跳ね短く息を詰らせる。

「・・・どうせ前に、全部見ちゃってるよ。恥ずかしがらないで」 静かに、しかし強くそう言うと綾時はジーンズごと彼の下着を引き下ろした。

「ち、ちが・・・ ・・・ぁぅっ、」
ためらいもなく突然に先端を包んだ、初めて経験する生々しいヌメりと熱に神経が奪われた。頭の激痛のおかげで先ほどのキスにもそれほど起たなかった柔らかいそれは、手を添えた綾時の吸い込みと、続く裏筋への舌の彷徨いに反応した。身体中の血が集まってゆく音が聞こえるようだ。

「あ・・・・・・硬くなってく」 含んだまま綾時が意地悪く上目をつかった。

綾時の口の中で、硬さを増していくのを止められない、それは自分が一番わかっている。力の入らない指を、それでも綾時の髪に埋め、懸命に彼を押しのけようとするが動かない。「いや、だ、 くっ・・・・・・ぁ、」 半勃ちになったそれを一度放し、すぐにカリを柔らかく唇で挟む。引っ掛かりを巧みに使い、小刻みに往復させて彰を舐り、駆り立てようとする綾時の意思はつぶさに中心から躯全体に伝えられ、腰が蕩けてずり落ち、背が壁を擦った。

「・・・・・・おっと、」 上を向き介添えの要らなくなった彰の性器から唾液にまみれた手を離し、唇だけを繋いだまま、綾時は彼が揺らす素肌の腰を両手で支えた。自分自身に奉仕しているかのように、綾時のそれも起ちつつあった。興奮が告げるまま指を開いて後ろに這わせ、わななく彰の尻を両側から強く掴んで吸い上げる。「はぅっ・・・な、なに・・・」 思いもかけない場所に近づきつつある指に、潤みに怯えを含ませた声が綾時に降り懸かる。

「楽にして・・・・・・」
自分の声にも隠し切れない欲情の響きを認め、綾時は微笑んだ。片手で彰の肢を軽く開き、ぬめりの残る指先を、目指す場所を感じるべく探索に集中させる。左右の筋肉に隠されてわずかに湿っていた莟みが敏感そうに縮こまっているのを捉え、

「ここ・・・力を抜いて、大きく息を吐いて。ケガしちゃうよ、彰」 突然名前を呼ばれたせいで言霊に縛られ、言いなりに緊張を解いた彰のそこに中指を潜り込ませ、予想される反発が返る前に中程までを埋めた。

「イッ、痛ぅっ! ・・・ア、あぁぁ・・・ぁ、」 中に、自分の中にわずかに温度の違う硬く細く蠢く綾時の指が侵入してくる。それは初めてにも程がある窮屈な生々しい感触で、何も鎧うことのできない粘膜を、ねっとりと神経を嬲りながら奥へ進んできた。その、指紋や関節の皺まで感じてしまう内壁の敏感さに、腰を切なげに攀じってしまうのが止められない。後ろは痛みを輪のように感じるのに、前は彼の咽喉に突き当たるほど深く口姦され続け、中からは指で穿られ、どこにも逃げられない切羽詰ったせめぎあいが、抗うことも出来ずにいる彰をウエへと追い立てた。
「ア、・・・ダメだりょっ・・・じ、イ、く、・・・」全身で感じる何もかもに邪魔されながら、まだ咥え続けている綾時に必死で警告を叫んだ。
そのはじけそうになる寸前で、中の指先がくいっと曲げられ、裏側の耐えられないポイントを抉った。
「あっう・・・ッ!!」
自分で達するタイミングすら許されず、全てを綾時の支配によって、彰は、鋭いうめきと共に躯をびくつかせながら、延々と果てた。放心と痺れきった躯のほとんどを快感のつくりだす空白に曝しながらも、飛沫き続ける自分の精液が受け止める綾時の口腔に跳ね返る振動を感じ、やってしまった感と恥ずかしさが、じわじわとこみ上げてくる。

「・・・ふっ、・・・ん、」 出しきったのを理解した綾時がハナ声を洩らした。唇の内側に全てを残し、彰の性器をずるっと引き出した。拍子に溢れたひと雫を引き結んだ唇の端から垂らし、上を向いて少し辛そうな表情になった彼の咽喉仏が、こくん、と震えた。

「・・・あ・・・・・・ごめ・・・ ・・・」 白い顔を違うシロさの自分の体液で汚してしまった。彼の見上げる薄い色の眼に射すくめられた。
「んーん、」 ちょっと首を横に振って、唇を閉じたまま立ち上がった綾時が、壁際で引き波に喘いでいる彰の背を無言で押した。ベッドに上体を伏せて床に膝まづくよう身振りで教え、その通りになった彰の突き出された腰に、睫毛を伏せた顔を近づけた。

「っ! ・・・ま、ま待ってっ!」 いきなり後ろに尖らせた熱い舌を穿たれ、背中が跳ねた。艶めかしい蠢きと一緒に、とろりとしたものが小さく開いた穴に煉りこまれていく。滴りが内腿を伝った。(まさかそんな!?) 慌てて後ろを探った手が、綾時の直ぐな髪と汗に触れた。やわやわとふやかす様に、けれど執拗な舌使いが背筋を這い上がって、喘ぎをもたらし、彰は引きつって両手で口を覆った。二度目の予感が芯を襲ってくる。

「うぁー、 ・・・顎がガクガクする」 ようやく納得がいったのか、唇をぬぐって立ち上がった綾時が床にシャツとボトムを脱ぎ落とした。ベッドに這い上がり横たわると、顔を伏せている彰の髪に指を滑らせる。隙間から睫毛と紅らんだ眼の縁が覗いた。

「彰・・・・・・ここから先は、君も協力して、一緒に」

「・・・な、 ・・・?」

「知っている身体とは違うから、慎重にしたい」

「なに・・・すれば」

「ジーンズを脱いで、僕の上に跨って」

既に起ちあがっている綾時のものをまともに見れず、恥ずかしさに全身を色づかせながら、のろのろと彰は言われたとおりにした。その細い腰に手を添えた彼が、優しく言葉も添える。

「お尻を浮かせて」

「あ・・・っ」

敏感なそこに、すばやく位置を調節した綾時の熱い先端が触れ、彰の全身が緊張した。肩を震わせ、前かがみになる。

「ね、彰。 ・・・僕が君を欲しがってるの、わかるでしょ?」

「で、・・・でも、」

「僕を見て。 ・・・苦しかったら、やめてもいいから」

穏やかだが絶対的な眼差しと言葉に促され、竦みあがった彰の腰が少しづつ落とされていく。先端がじわりと接触した。しかし、やはりそれ以上ができない。「ムリ・・・だ、」 唇が震えた。その様子をみて、綾時が眼を細める。

「ふふ・・・。 彰、キスしようか フェラの後で悪いけど」

腕をとられて、倒れこんだ。綾時にシャツごしの背と素肌のわき腹を撫でられ、くすぐったさに仰け反りそうになる首や顎を捉えられ、軽く何度か唇を食まれた。彼から微かに漂う自分の匂いが、犠牲の方向へと彰を押しやっていく。最後に深く合せながら、綾時は上体を起こした。さっと肢を組んで彰の腰を自分の上へ引き寄せた。

「んん・・・っ」 唇を離してもらえないままくぐもった声をだした彰が、がくんと綾時を挟んで膝をつく。まだ痛む首を撫でていた温かい手が背骨に沿って流れ、綾時の身体が彰の開いた肢の間に滑り込んだ。
腰に腕を回され狙いを定められ、先ほど受けた愛撫で自分の体液と綾時の唾液とを含んだそこが、硬いままの綾時にじりじりとこじ開けられはじめる。潤ってはいても薄い皮膚と敏感な粘膜は引き攣れ、全く慣れていない場所にその大きさと硬さは、予想よりもはるかに惨い、ナイフを突き立てられるような痛みを彰に与えた。

「痛ッあ!! ・・・ア、あ、――ああッ!」 堪らず唇を引き剥がして叫んだ。

「僕を傷つけていい、痛めつけていいから、気が済むまで!」

彰の腕をとり自分の両肩へと誘いながら、綾時は苦痛に歪む彼の壮絶な表情にほだされそうになる自分をあえて逆へと駆り立てた。一番キツイ部分が震えを伴って通過した時、立てられた指が鉤爪のように強張ったまま、綾時の滑らかな背中をギリギリと掴んだ。

「 ・・・ッ! ・・・・・・ッ!!」
彰は声も無く口を開け、苦しみを天に逃がすように大きく喘いでいる。彼の熱い肌は細かく痙攣し、細い入り口は綾時を厳しくかみ締めた。快感を感じる一分の隙も無いほどだった。しかし求めるものの為に彼は眉をしかめ歯を食いしばり、更に奥へ突き入れた。

「ああああっ!! もういやだあああッ! 痛イッイタイッイタ・・・・・・」

狂乱した彰の咽喉から悲鳴がこれでもかという程搾り出され、髪を振り乱し全身が痛々しく突っ張った。自分を引き裂きながら侵入してくる灼熱への恐怖に後ろを締めるのに必死で、他に何も考えられていない。いっそ気を失えたら、と何度思ったかわからない程の激痛は、しかしそれ自体がつねに彰の意識を冷酷に引きずり戻し、普通なら誰も到達するはずの無い彼の奥深くに、今まさに在る綾時との対峙を強い続けた。

全てを収めた綾時の動きが止まり、抱かれた背中が優しく撫でさすられていることに気付くまで、彼には永い時間が必要だった。

「くっ・・・・・・っ、ふぅう、・・・」 痛みの一線を超え、ようやく脱力して崩れかかった彰は、それでも痺れ混じりにズキズキと襲い来る疼痛にハァハァ息をつきながら小さくうめいていた。徐々にだが背骨をたどる綾時の指の往復で、それは薄く剥ぎ取られていく。自分の中をぴったりと形がわかるほど隙間無く埋め尽くす熱い綾時からは、最初に感じていた恐怖は薄れ、代わりに”充足”といっていいような苦痛の代償があった。

「ゴメン・・・・・・でも、好きだ。いまの彰の中・・・すごく、」
「ぁ・・・は、 ぁ・・・」
かたく結んでいた唇をひらき、綾時が自分の肩に顔を伏せた彰につぶやいた。涙が頬と肩との間で熱く広がっていた。彰の内部は温かく切なく蠢き、彼の鼓動や喘ぎまでもが最奥から自分自身に伝わってくる。それはなぜか懐かしく、女性相手でさえ得られない程の完全な包括で、自分の息や鼓動とも同調するほど彼我の区別のない彰を、不思議に、意外に思うほどだった。

「気持ちいいから・・・・・・ちょっと動くよ」
「・・・・・・ぁっ、」
彼の落ち着きを見計らった綾時が、彰の右手をとり指を絡ませた。左手で頭を抱き、これから与えるだろう苦しみを少しでも自分へと吸い取るように唇を合せ、ゆっくり揺さぶりはじめる。角度の変わった先端が、限りの遠い内臓の先ではなく、彰の下腹部を内側から圧し、擦り上げた。

「あうっ・・・ うぅっ・・・ ッん・・・」
綾時の中に吐き出される掠れた甘い喘ぎは、予想した苦痛の訴えとは別のもので、綾時は自分の腹を掠める彼のものが、少しずつ先ほどの硬さを回復しつつあるのを感じた。

「・・・・・・僕と」
「ッ、・・・っあ、ぅ」
「一緒に、来てね」

唇を離し、両手を腰に添え、慎重に、丁寧に、自分の先で彰の鍵穴を探りながら、表情からなにも逃すまいと彼を見つめて行為を続けていく。同時に彼のものを攻めては得られない、お互いの結合だけを彰に感じて欲しかった。

この、目的はあるものの手探りの道行きは、次第に二度目への欲求を曝けだしつつある彰の粘膜がじれて攀じれ、彼を蹂躙しているはずの自分をこそ圧迫し追い詰め、余裕の無い享楽の極致へと綾時を押し流そうとする。

「うっ・・・ 彰・・・・・・アキラ・・・ んっ・・・何か言って・・・ ・・・良すぎて虐めそうだから・・・」
「あっ ・・・んっ ・・・んっ ・・・あはっ ・・・」

彰は内に封じられた初めての快感をさぐるように眼を薄く瞑っていた。開きっぱなしの唇からは、疾く浅い呼吸が突き上げに合せて洩れ、汗を含んだ髪が揺れ、濡れた舌と歯がちらちら覗き、それらは耳に心地よい切ないあえぎと共に綾時の煽情をあおった。

「・・・そんなカオ、されちゃ、だめもう、・・・いくよ、 ・・・だから、
・・・お願いだから、彰も感じて。 ・・・生きたいって・・・」

次第に綾時の動きが速くなり、頂点目指して一気に駆け上がるべく彰をぎゅっと抱きしめ密着させた。
中の変化に気付いた彰は自分の怯えの残滓に眼をつぶり、躯の奥から湧きあがり知りつつある快感を逃がすものかと綾時に縋りついた。

汗が噴きだし、髪の匂いが混じりあい、吐息と鼓動が重なりあい、接した全てが融けあい、躯を貫く”死の予感”にも似た絶頂の波に耐え切れず、彰が自分から綾時の唇を襲ったところで、一番深くで繋がった二人はお互いに熱い全てを浴びせあった。
「いっ・・・・・・あぁ・・・」「・・・・・・・・・・・・・・・はぁ、・・・」





起きあがれない彰の後始末を済ませた綾時が、ぐったりしている彼の横に並んで天井を見上げながら話し始めた。

「・・・・・・過去の記憶が無いみたいなんだ、・・・僕。

今の状態以外を知らないから・・・・・・
記憶が無いとか、親なんて存在が実在するのか
・・・・・・ホントは疑ってる。

・・・・・・みんなして僕を、騙してるんじゃないかって。

みんな・・・・・・君や順平や他の人たちも、
あのムーンライトブリッジから産まれるんだ・・・・・・って聞かされたら
・・・僕は、信じるよ」

「そう・・・だったのか・・・」

「ねぇ、彰」
「・・・なに、・・・」

「・・・今度、寮の部屋に、勉強みて貰いに行ってもいい?」
「いいよ・・・」


それを聞いた綾時が、自分の処方箋の効き目に思わず微笑んだのを、彰は、知らなかった。





「・・・・・・命の味、か・・・」
「ん?」
「・・・なんでもない、・・・」








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