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月篭り―――
綾時が約束した大晦日も、満月の夜だった。
寮のロビーに揃った皆の緊張した顔を眺め渡した彼は、沈黙のさなか、ただ一人微笑んでいる。薦められてソファに座ったその様子は、胸の内をなにも伺えないくらい自然だ。
「やあ...久しぶりだね...
もうあと少しで0時...約束の時間だ 」
時計の針は、23時45分を指している。
余計な時間の余裕を与えない...そんな意図を感じさせる訪問のタイミング。
黙りこくった俺たちに、彼は続けた。
「0時を過ぎたら、僕はこの姿を失って、君たちの触れられない存在になる。
答えは...もう出てるかい? 」
顔を上げた俺は、こちらに眼を向けた彼にうなずいた。神木と会った日に心は決まっていた。あとは、これからする事が正しいかどうか...運を天に任せるだけだ。
「僕は彼の部屋で、0時になるまで待っていよう。 どうするか決まったら、来て欲しいんだ 」
立ち上がり、無機的にスタスタと部屋を横切る綾時に、山岸が、俯いて呟いた。
「綾時くん... 」
その、心底悲しい搾り出すような声音に綾時は立ち止まり、振り返った。
「そうだ...伝えておかなきゃ。
僕を殺すという事への抵抗で、選択を曲げる必要はない。
前にも言ったけど、僕はどのみち消える存在だ。
死への抵抗感は全く無い。 ...変な同情心は無用だよ 」
順平が、それを聞いて、沈み込むように俯いた。
綾時はそんな彼に一瞥をむけ微笑んだ後、俺に眼を移した。
「じゃ... 待ってるから 」
「決まってるだろ...答えは 」 美鶴が俺に、念を押した。
うなずくと、彼女は皆を見回し、その口々の決意を総意にまとめ、「気持ちは同じだな 」と呟いた。
真田先輩が神妙な面持ちで、俺と皆に言う。「不可能といってるのは、あいつだけだ。じゃあ...頼んだぞ。 ...いいな 」
何人かの悲壮な視線を頬に感じながら、俺は綾時の待つ自室へと向かった。
ドアの前で、少し躊躇い、頭で段取りをもう一度思い返した。失敗は決して許されない。
ノブを掴んで開けると、綾時と眼が合った。
...灯りもつけない暗い部屋の中。
彼は、ファルロスの定位置...
俺のベッドの端に、右手は膝の上、左手はベッドについて、
なんの衒いも無く普段どおりの顔つきで座っていた。
そのままドアを閉めて歩みを進め、目の前に立った俺に、彼は自分から口火を切った。
「やあ、元気だった? 」
「その様子だと、綾時か 」
「いまはもう、3人とも一つになっている。
...やっと落ち着いた。今夜に間に合って、色んな意味で安心したよ 」
そういって、肩を落とし、小さく溜息をついた。「...これでようやく全てが片付く 」
俺は無言で枕もとの時計をとり、腕時計と見比べてから机に移動させた。
そして、右と真中の窓の、カーテンを開けた。
月天心と呼ばれる冬の満月が、怖いほどくっきりと明るい光を放っている。
月の海影やクレーターまでありありと見えた。
綾時は項垂れたまま、低い声で呟いた。
「みんなは...
僕を生かすつもりらしいね。
勝ち目の無い戦いに命を賭けようとしている...
記憶なんて曖昧なものさ。
欠けたって、すぐにそれが新しい現実となるのに... 」
「綾時は、何度も生まれ変わって、記憶を失くしてる。
...だから、お前がそう思うのは分かる。
でも、俺たちの人生は一度きりだ。
俺たちは、綾時がいなくなっても、ずっとお前のことを覚えていたい。
みんな綾時の記憶も、影時間の記憶も、失くしたくないんだ。
だってそれは、俺たちが生きたってことだから...
それに、ニュクスとの戦いに勝ち目が無いかどうかは、まだわからない。
真田先輩の言うとおり、そう思ってるのは綾時だけだよ 」
「...今ここに居るのは彰だ。
きみ自身は、もう、答えを見つけてるのかな? 」
「殺すつもりは無い。
やれる事があるならやる。 ...これが皆の考えだし、俺だってそうだ 」
綾時は悲しげに俯いた。
「彰には、僕を殺すだけの理由がある...
両親を奪い... 精神を奪い...
人としての生を奪い... 誇りさえ奪い...
...絶望を与えた。
これから君をとりまく、全ての生彩をも、滅ぼそうとしている。
...こんな僕が、何も罰を受けずに消えていいわけがない 」
「綾時が悪いわけじゃ... 不可抗力だったとしか... 」
俺なりの納得を、しかし彼は静かに否定した。時折みせた(こんな顔もできるのか。)と驚くほどの
「きみは、僕を殺さなくちゃいけない。
...そうすれば、みんなまるく納まる。
...人間にだって戻れる。
君は、僕に関わる全ての悪しき記憶を、殺した事も含めて忘れることが出来る。
デスに言ったように、本当にニュクスと僕の秘密を知っていても、最後まで絶対に口にしないで欲しい。
母なる者を裏切れば... すぐにもニュクスの胎に閉じ込められてしまうだろう。
そうなれば、心は破壊され、僕は原初の塵へ変えられるんだ。
多くのシャドウと同じ、滅びの尖兵に産みなおされてしまう... 」
肩を震わせ、膝の上の手をきつく握り締めた。
「この僕が、君たちを、喰らうようになるんだ...
彰、少しでも哀れに思うなら、早く僕を殺してくれ。
僕に、そんな、酷い事を、させないで。 ...お願い 」
こちらの胸が痛くなる悲痛な表情では、彼が本当の事を言っているのだと俺に思わせた。
これで、作戦の二つが消えてしまった。残りは...不確実で、失敗の許されないものだけ。
脈拍がどんどん速くなっていく。
焦っては駄目なのは分かっているのに。
自分が選びとろうとしている行いがどんな結果を呼んでしまうのか、薄暗い緞帳の奥に待つ見えない未来に恐れが膨れ上がる。ただ座して怯えることも、打開することにも、それぞれ等しく冷たい不安があった。
「...教えてくれないか。 なぜ、人間になって戻ったのか 」
尋ねると、綾時は目を細めて唇の端を上げた。
白々とした月光が陰影を強調し、その顔は優しい悲しみに隈取られている。
「...君が、僕に“心”なんて物を、くれたからさ 」
彼は、窓の外の月を見上げた。
「...ごらんよ。
あんなに遠い月でさえ、波を渚に引寄せる。
君を揺り籠にしていた僕は、ただ一つの慰めに心惹かれていった。
いつまでもきみの傍にいたい... そう願うことが、そんなに不思議?」
「俺の中にいたからって、どうして... 」
「僕が好きなのは君の無意識なのかもしれないね... 」 言葉を探しながら、綾時は少しだけ首を傾けた。
「彰が意識せずに僕に与えたもの。 ...それが僕を作った。
だから君には自覚できないんだね、きっと...」
「そうだな... 気付いてなかった、なにも」
順平が、似たような事を言っていた。
自分の中に何が棲んでいたかも知らず、こんな事になってしまうまで何も気づけなかった。
俺の無自覚が、綾時や皆を苦しめたのだと思う。
...自分のことも、他人の事も知らな過ぎた。こんな自分の心が選ぶ道は、本当に正しいのか。 背筋が冷たくなっていく。
針音が聞こえるほどの沈黙に、竦んだ体が次の行動が起こせない。
どうすれば、誰もが...綾時も俺たちもみんな、遠い未来にこの夜を思い出し、笑いながら過去を振り返ることができるんだろう。俺が望んでるのは、それだけなのに。
不意にぼやけた視界に瞼をこすると、綾時は少しだけ俺に手を差し伸べた。
「この一ヶ月、一つの事が頭から離れなかった。
そこに、君の心に戻れさえしたら。
そしたらきっと、君と一緒に死んでみせるのに。
フフ、変だよね。こんな事を考えるなんてさ。
僕はシャドウで...君たちがずっと戦ってきた、敵なのに 」
そう言った綾時の虚ろな目は、俺の上を彷徨っている。
「きみと生きるのも、きみに殺してもらうのも、僕には同じ事。
だから何も心配しないで 」
「...本当に?」
綾時がうなずいた。
(他に方法はないのか。もっと他の方法は?)
迷っている暇はないのに、心が焦っていく。
何もできずにいるうちに、彼は消えてしまうかもしれないのに。
こうしている間にも時計の針は無情にゼロへと近づく。
あと、3分――――――
俺はいつのまにか床に落としていた視線を上げた。
「...好きだったよ、綾時の事 」
呟き、彼の顔を見ずに腰から召喚器を取り出し、グリップを握り締めた。
マズルで自分のこめかみを狙う。
「ありがとう、 ...僕もだ、彰 」
綾時は、立ち上がり、一歩前へ出た。
涙の跡が残る顔を上げ、幽かに微笑みながら眼を閉じた。
可能な限り、感覚を研ぎ澄ませる。
完全に秒まで合わせた時計を見つめる。
一秒が、こんなにも長く感じたことは無い...
――――――タナトス!!
その名を叫び、トリガーを引いた。
破壊音を響かせ、精神の硝子張りが粉々に砕け散った。
脳内にスパークが走り、心拍数が跳ね上がり、恍惚となる。
拳銃フェチの自己愛死のように、ペルソナの解放には、昂揚がともなう。
瞬間、反動を殺した俺を中心に、
眩惑するような光の柱が立ち、
無数の青白い妖炎が周囲を飛び交いながら昇天してゆく。
轟音を鳴り響かせ顕われた死神の魂は、白銀の仮面の奥に暗黒を隠し、右手にソードを構え、棺の翼を広げた。主を護る死天使の装甲がカタカタと揺れる。
針がその刻に近づく。
一秒づつ近づく。
最後の刻を指し示すために。
苦しめたくない―――
ひと息に抜き放った五月雨斬りが佇む人間の姿に襲い掛かり、服ごと肉を抉り切り裂いた。吹き上がる血飛沫と闇の泡が叫びもしない彼の顔をまたたくまに深紅に染めていく。
死神の白刃が一閃し、唇に微笑みの形を残した綾時の首が...落ちた。
タナトスに八つ裂きにされ、細切れの肉片と化し、それは泡と消え―――綾時だった身体は、融け崩れるように散華した。
彼の絶命と同時に、部屋が血の匂いとグリーンの妖光に包まれた。
...全てが終わったときには。
影時間の月光が、床にぶちまけられた血溜まりを、不気味に汚しながら覆い尽くしていた。
俺は、頭上の死神を、息を詰めて見上げた。
心臓が。
凍りついた心臓の、鼓動を感じない。
「りょう...じ... 」
『な...
えっ... これは...!?』
白い仮面の奥からこもるように響く、驚愕した声音は、綾時のもの。
俺の鼓動が甦る。喜びが全身に湧き上がる。
「...よ、よかった...... 合ってた...... 」
迫りきっていた緊張がとけ、膝が死ぬほど震え出し、へなへなと床に崩れ落ちた。
タナトスは、微動だにせず、じっと己の手を見ている。石像になってしまったかのように。
「まさか...そんな? ホントに? 」
やがて、信じられない、といった口ぶりで、呆然と首を横に振った。
どうやら俺は腰が抜けてしまったようだ、情けない...
床に座り込んでタナトス―――いや、綾時を見上げた。
「...勝手な事してすまない。 どうせ消えるなら、試してもいいかと思って... 」
「どうして... わかったんだい? 」
「...啓示をもらった。 決められた瞬間に殺せば、何か起こると 」
『美女と野獣』と、『蛙の王子』―――
イゴールから授けられた御伽噺の内容を図書室で調べた俺は、
それが、魔女から呪いをかけられた王子たちが、
愛されることと殺されることで、それぞれ元の姿に戻る話だと知った。
『美女と野獣』には、指定された時間に間に合わず相手を危機に陥れる場面があった。
綾時がどうなるのか、全くの賭けだった。
イゴールは決して核心を語らない。
あの食えない爺のお蔭と思わねばならないのは癪だが、
“タナトス”を手にしたまさにその時、この二つのお伽噺の名を口にした、ということが、
ずっと頭に引っかかっていたのだ。
窓の方を向いた白銀の仮面が、不気味な月光の照り返しを受けて輝いた。
「そうか、刻の狭間か...
その重なりの瞬間に死ねば肉体は滅び、でも闇には還れず、僕は君から“タナトス”を取り戻す...
元からある存在に戻っただけだから、記憶は消えない。
...そういうことか 」
漆黒の袖を振りさばいた綾時は、居合い切りのため血痕一つ付着していない剣を鞘に収めた。「なるほど。 ...僕には思いつかなかった 」
「これで、綾時がニュクスに混じる事は無くなった。
“デス”が無くそうとした、ニュクスの弱点...“人の性質”の可能性は消えた。
綾時...お前は、滅びを遂行するという定めは全うしたんだ。
ペルソナにはペルソナの、主に対する服従の戒律がある。
これからは、他の定めに縛られることは無い。
それに、俺も... 」
へたりこんだまま、召喚器を発動させる。
いまはただ一つ残った、俺の“ペルソナ”を招くために。
「久しぶりだな、オルフェウス... 」
こんなに俺の愚者を嬉しく思った事があっただろうか。
人間に戻れた。―――
タナトスから少し離れて出現した、竪琴を背負った幽玄の奏者は、
こちらの感動にはお構い無しに、無表情な紅い眼で俺を見下ろした。
チェンジするのかと思ったが、“タナトス”は帰還しないままだった。
綾時は、俺のペルソナになった訳では無いらしい。
「綾時のマフラー姿に、ちょっと似てると思わないか? こいつの襟巻き 」
「君って人は... 」 綾時は、肩を震わせ、胸の鎖を鳴らした。
「ふふ...ふふふ... 君にはみせたくなかったな。
...僕のこんな姿 」
「いや、タルタロスで使ってたし見飽きてるけど?」
「そういう問題じゃなくてさ。
女の子にモテてた記憶があるだけに、辛いよ...ぼく 」
「...性格は綾時のままか。 気にするな。 イケてるとか、意味ないって 」
「うーん、大ありだと思うけどな~。
これでも同族の中ではイケてる方なんだよ?」 仮面の首を捻った。
「お前好みの女型ペルソナ作ってデートさせてやるから、我慢しろ 」
俺がなかなか気前のいいところをみせると、綾時はぴくっと揺れて、黒衣の裾を払った。
「ペルソナ、」 呟き、考え込んだ後、綾時はこちらを見た。「それなら、......」
「うへ... 床にビニール敷いてから、やればよかった 」
後悔で頭がいっぱいだ。
血溜まりの点在する床はものすごい惨状で、掃除のことを考えるにつけ溜息がでてしまう。固まらないうちに、擦った方がいいが、いつまでこの腰は、抜けたままなのやら。
「綾時のミートボールが残されてないだけマシか~... 」
「あのさ、もしもだよ 」
心配そうな声に顔をあげると、タナトス、じゃなくて綾時がゆらゆらと揺れている。表情がわからないので、一層何を考えてるのか予想がつかなくなった。
俺が、「なに? 」と訊ねると、ちょっと黙ったあとに奴はとんでもない事を切り出した。
「えっと。僕が、君を欲しいって言ったら、その...
彰は、 ...僕がこの姿でも交わってくれる?」
「交わ... 」 癖で復唱しかけて、俺は青ざめた。
「な、なんだってッ!? ...必然性ないだろそんなの!? 」
ウカツだった、ペルソナにも性欲があるのか!?
怖ろしくて...俺の5倍は大柄なタナトスに、一体どれほどのアレがあるのか、怖ろしすぎて、眼で確認することもできない。
いままでの経験上の数々が脳裏を巡り、これ以上ないほど震えあがりながら、手をついて後ずさった。しかし綾時はこちらに近づき、真面目腐ったしぐさで指を一本立てた。
「ひとつだけあってさ... やりたいことが。
君がニュクスと戦う決心を変えないなら、どうしてもそれが必要になっちゃうし」
「ひ、必要って、うそだろ...!?
そ...そ、そんなことして、平気な訳ない俺... 」
「確かに生きながら死神と交わる恐怖は、これまでとは比較にならないだろうね... でも、僕が欲しいものを君が孕むのに必要なんだよ 」
「へ... 」 何を言っているのだろう。全く意味がわからない。
「いま...なんて? はらむ? 」
「...受胎、して欲しいんですけど! 」
えへへ、と照れくさそうに首を掻いてるタナトスの姿に、一瞬、意識が完全に空白になった。(り、綾時が狂った...!)
「や...意味、わかんないから、それは、」
いまや頭は、彼をタナトスに戻したことを完璧に後悔していた。
流れる冷や汗と怯えに全身を支配された俺は夢中でドアにしがみ付き、ノブに手をかけた。
開けて逃げ出す寸前、眼を傷つけそうなほど鋭い疾風が部屋中に巻き起こり、思わず片手で顔を覆った。
気がついた時には、俺は綾時の黒衣の中に抱きかかえられ、天井近くの高さで、愕然と表情の動かぬ仮面を見つめていた。
「できるだけ苦しまないように、早く出すから。 ...どうかお許しを、我が主よ 」
最後は声に笑いが混じっていやがる。
「...俺のペルソナだったら、戻れよ! 大人しく戻れッ 」
猛烈に暴れてみたが、体格に差がありすぎる!
「僕は君のペルソナじゃない。 これは..
この姿は、今の僕そのものだ 」
ベルトに大きな手が触れ、器用に外し始めた。「なにすんだよ! 俺いやだ、絶対ッ 」
俺は必死でもがいたが、片腕にも関わらず、すっぽり嵌まり込んだように、まるで身体が動かない。
「君がニュクスに挑んでみすみす殺されるのを、僕に黙って見ていろと? 」
「一緒に戦えばいいだろ、そういう役の立ち方しろよ! 」
「もちろん、行くさ。 その為に必要なんだよ... これは 」
「オルフェウス! なんでもいいから、こいつを止めろッ! 」
パニックに陥った俺の言葉に、放置されていたオルフェウスは、
白髪の頭をめぐらせてこちらを見たかと思うと、
次の瞬間、逃げるように俺の中に帰ってしまった。「うそ... 」
「無駄だ... 彼のトラウマだからね、僕。
最初の“試練”を覚えてる? 」
そういえば、オルフェウスの内から殻を破るように、タナトスが...
俺はこみ上げる塊りを呑み下した。
あの時は覚醒のショックで記憶が曖昧だが、
側でみていたゆかりから詳しい話は聞いていた。
持ち札はゼロ、力は適わない、相手はやる気、一体どうしたらいいんだ?
いくら綾時でもペルソナとやるだなんて、そんな馬鹿な話、あってたまるか。
「必要なものってなんだ... 」
「...全能の真球。
僕の魔力をいっぱい込めて、
ペルソナの僕が装備できる様にする必要がある。
つまり、ベルベットルームでは作れない。
あれさえあれば、僕の望みが適うんだよね 」
「しんきゅう? 望みって? 」
「口にする事は出来ない。 ...そういう契約なんだ 」
「何だよそれ。納得できない...! 」
動悸が激しすぎて目眩がする。これは何かの悪い夢じゃないだろうか。
と、緩められたウエストの背側に綾時が指を引っ掛け、
一瞬で制服のズボンがトランクスごと床にバサリと落ちた。
引いた血の気が更に引いて竦みあがった。もうなりふり構ってはいられない。
一階に届けとばかりに叫んだ。「し、死ぬって絶対! 人殺し! 放せぇッ 誰かぁ! 」
「ギリギリ死なないよーにする。そこは、死神の僕に任せてよ。
それに、さっき障壁を張ったから誰も邪魔しないさ...
...ふふ。
君が、僕をタナトスにしたんだ。 ...君は僕を望んだ。
嬉しいよ、こんな選択肢を選んでくれて!
イゴールに頼みこんでよかったなぁ... 」
「俺を差し置いて、勝手にヘンな契約交わすなっ! 」
「え、ちゃんと、書いてあったじゃない? 契約書。
...汝、選びとりし、如何なる結末も受け入れん。って 」
「は... 」 初めて寮に入った時、ファルロスに渡されたアレのことか? 「...あんな文面でこうなるなんて、誰が分かるか!? 詐欺だ! 放せって! 」
「僕を好きなんじゃ、なかったの...?」
死神らしさの欠片もない、笑みを含んだ甘い声が響く。
顔に、全然似合ってない。
「あ、あれは... 」
相思相愛が御伽噺の条件だったから、つい、言ってしまった...
綾時をタナトスにしてしまったのは俺... 責任が...
なんでこうなるんだ。俺には人並みに幸せになる権利はないのか。
どんどんのっぴきならない状況に陥っていく。
がさり、と音を立てて、棺の翼が、覆い隠すように俺を包んだ。
綾時は、白い手袋の指先を口に入れて噛むと腕を抜き、横に首を振って落とした。
「さ、彰。
冥府仕込みの、禍々しい僕の想いをお受け取りください 」
背筋がぞくぞくするような気味悪い囁きと同時に、
タナトスの左腕が俺の背を斜めに横切り、
左腿を掴んで引き上げた。そのまま膝の裏に腕を入れてくる。
右足をなす術も無くだらんと垂らしたまま、
身体を広い胸に押し付けられ、股関節がきしみを訴えるほど肢を開かれた。
「うぁっ... や...綾時ッ ...痛い、股...裂ける! 」
「どこでもいい、僕につかまって。
いまいち慣れなくてさ、...この身体」
綾時の仮面を両手で押しのけて逃れようとしたが、全く歯が立たない。
「...さわるよ」
黒衣の右肩が動いたかと思うと、前から手が滑り込んだ。
ヌルヌルした冷たい何かが、あそこにぴちゃりと触れ、
むずむずする細かい刺激が纏わりついた。
それは、確かめるように突つき、蠢きながら潜り込んできた。
「ひっ...イゥ! ... 」
まるで氷柱に抉られるような初めての感覚だった。
中の熱さをじわじわと冒しながら、俺に這入ってくる。
周辺をさわさわと触れる感触で、それがタナトスの中指だとわかった。
知覚した途端、全身が怯え、
意識を押しのけて身体を貫く妖しい刺激から少しでも遠ざかろうと、
異形の肩に垂れる鎖を握り締めて上へ逃げようとした。
「か...はっ... 冷た...りょうじ、もう、やめて、...うぅっ、 」
「...気持ち、悪いよね。 ...ごめん彰。ごめんよ 」
言葉とは裏腹に、ずり上げた身体を追いかけて、身体を支える程強く突っ込まれた。
そのまま内側の粘膜を愉しむかのように、うねりながら動く。
背筋を悪寒が這い登り、冷や汗が流れた。
開ききった肢のせいで、後ろに力を込めることもできない。
自分が綾時に差し出され、喰われつつあるのを感じた。
先がまったく想像できず、綾時の腕の内で震え上がるしかない俺の、
以前耐えられなかった箇所に、それを知る彼の指が近づいてくる。
「そ、そこ、厭だ...って、ああっ...! 」
「これが、全き死である身で、生に餓える感覚か... たまらない 」
うっとりした呟きと共に乾いた静電気のような匂いが鼻を刺した。
それが綾時の溜息の代わりだった。
視界が翼の作る暗闇に閉ざされたまま、身体が揺れ、背中が壁に押し付けられた。
タナトスの仮面が近づき、あっと言う間もなく、金属質な口が俺の鼻から顎までを覆った。
冷たく大きい舌らしきものが、ずるりと唇の間に潜り込み、グチグチと泡立ちながら
口腔内を一杯に満たした。
受け止めきれず溢れ、軟体生物のような先で喉の奥まで舐めまわされる。
「うっ... ぅえっ... 」
えづいて開かれた口の中が、さらに一杯に綾時で埋め尽くされた。
上も下も人外の一部に暴れられ、不吉な衝動に襲われた。
怖ろしくて堪らないのに、融かされた身体の芯が急激に熱を帯びていく、
びくびくとひくつき始め、止まらない。
タナトスのバックルに俺が擦られ、その優しさのない刺激にすら、忌々しくも反応した。
指が舌が、それに気付いてしまい、緩やかなねっとりした動きに変化した。
知られた恥ずかしさに更に翻弄される。
どうなってるんだ、俺の身体は... こんなこと、あっていいはずがないのに...
「は、......あっ... こ、んな、...なんで...んっ... 」
「不安だったけど、平気そうだね...
こんな姿でも、きみは受け入れてる... 」
綾時は嬉しそうに囁きを俺に吐き出した。意味に皮膚がざわめいた。
黒衣に包まれての死神の口付けは、心臓まで侵すような畏れを呼んだ。
身一つで闇の檻に閉じ込められた上、格子の間から化け物を入れられるような、
生きとし生けるものが決して逃れえぬ恐怖。
それが自分を鷲づかみにし、暗黒へ引きずり込む。
死が近づき、離れ、中まで犯し、俺の秘匿を露わにしようとする。
それなのに、俺の生は起ち上がり、綾時のもたらす死に、自らその身を曝した。
ベルトに圧され刺激され少し硬くなってしまったそれを、綾時の親指だけがなぞり上げ、
揺り返しが半身を襲った。
「はぅぅッ は... はぁ... こわ、綾時、こわい、やめ... 」
「怖くない... 僕だ、ぼくだよ 」
核心を避けるように淡く蠢いていた指に、ぐずぐずに解かされたそこに、
更にもう人指し指がめり込んで来る。腸壁を押しのけてぐいぐいと侵され、
悪寒なのか快感なのかわからない衝撃が身体を揺らし、
俺は眼をつぶり、壁に髪を擦りつけ、きつく綾時の鎖を握り締めた。
「すごい... 彰に僕が喰われていく... 大好き 」
「ひくっ... んッ... んん...うッ も、もっ ...あああっ 」
正体不明の粘液を滲ませながら、間の幅を変える指に、思うさま踊られ操られ、綾時に言われるまでも無く、勝手にひくひくと穴が疼いて、それらを締め付けてしまう。その度に、綾時の冷たさと、自分の熱さとの落差がありありと跳ね返ってくる。それすら異様な快感に変じてしまう背筋は勝手に仰け反り、喘ぎは上擦るのに、大きな腕に背後から押さえ込まれて、どこへもこの怖ろしい快感を逃がすことができない。
せめて達したくても、今までとは全く違う感触の死神の指がそうさせてくれない。
気がつけば、自分から綾時のびしょ濡れの手のひらに、もどかしく腰をくねらせ、押し付けていた。欲情を抑えこんだ低い声が痺れた頭に這入りこんだ。
「どうして欲しいの? ...ちゃんと言ってくれなきゃ」
「うっ、っん... あっ ...つょ...く、 ...りょ...っじ... 」
埋められた二本の太い指だけが自分を下から支えているというのに、
それが同時に、躯をゆさゆさと揺さぶり、感じやすい粘膜を淫靡にかき回した。
「ハアッ... ア、あ...っ、」
粘液がじわりと右肢を伝って、そのむず痒さに地面につかないつま先がびくんと震えた。
さっきから、一瞬たりとも安息を与えられていない。
それがそのまま激しさを増してゆく。
「ぅっ... あぁっ 綾時っ...はぅっ...うっ 」
仮面の、表情のわからない丸い眼に、こちらは恥ずかしい表情をぜんぶ見られている。
そんな被虐にさえ、どうしようもなく高められていく自分に、
悔しさと諦めがこみ上げて、眦に涙が溜まっていった。
「っ酷い...うぅっ ...なっんで、おれ、...こんなめ... 」
「殺したくなった? ...僕のこと 」
「それは、ぜったぃ ...いやだ ...ぁうっ! 」
「どうしよ... いまの、グッときちゃった。
...そろそろいいかな 」
卑猥な水音を立てて一気に指が引き抜かれ、開いた内部が空気に曝された。
「あうっ!...ぁ... 」
指を失ったそこが切ながって疼くのがわかった。肩まで騰がる痺れに震えてしまう。
全身に力をこめて顎を綾時の肩に圧しつけ、声を食いしばり、身悶えをこらえた。
「彰...
何も悪くないよ、君は。
こんな体に無理やりしたのは、...僕なんだから」
下から衣擦れの音がし、肢の間を冷気が触れた。
驚いて見下ろすと、綾時が両肢を持ちあげ、上へ揺すり上げた。
彼の太いベルトに内腿を引っ掛け、木登りのようにタナトスを挟む格好になった。
「両腕、僕の首にまわして 」
脚が痺れ、疲れを感じ始めていたので、ふらふらと誘われるまま、その通りにした。
自然と、頭が、漆黒の棺の裏側を覗き込んだ。
そこには一本の鎖が止め具でしっかりと渡されていた。
普段見ることの無いペルソナの細部に心奪われていると、
綾時の腕が下がり、身体が再び降り始めた。
さっきよりも強い寒さが肢の間を這い登り、濡れた場所をひんやりと冒した。
何事かと眼を見開いたとき。
氷の塊としか思えないものが、力が入らないくて開いた場所に触れた。
咄嗟に全身を、ある予感が貫き、背筋に冷たいものが走った。
(姦られる...)
その言葉が脳裏を駆け抜けた瞬間、タナトスのどこかも分からない異様な先端が否応無く突き出されたぬかるみにぐっとあてがわれ、ぬるり、と侵入した。
そのおぞましさ、温度差に叫んだ。
「うああああああッ!! 」
冷たいのか熱いのかわからない灼熱の、金属のような硬さの先が、くっと筋肉を開き、中から繰り出され伸びる、舌に似た感触の器官がゆっくりと内部に入り込み始める。
「エレボスの暗黒に堕とされる気分ってどうなのかな...」
「い...ゃ...ぁぁああああああ!! 」
這入りながらそれは中で脹らみ、釣り針の返しのようにびっしりと表面をささくれ立たせ、
細かく蠢きながら内壁に振動を伝え、貫かれゆく躯を極限まで硬直させた。
背を壁にこすりつけ、少しでも逃げようと、もがきながら身体をよじり上げた。
「やああああいやだ綾時! 助けてッ あぁぁッ ...こわい、ッぁう、...たすけてッ!!! 」
「疵つけないように...頑張るから... お願い... 」
綾時の言葉に、安心することも出来ない、それは底なしの絶望に俺を叩き落した。
考えたこともない気持ち悪さ、息を忘れるほどの恐怖、ひりひりする冷たい滴りをこぼし、
小刻みに蠕動しながら、内側をざりざりと引っかき、抗う術も無く分け入ってくる。
足掻く内腿に綾時のベルトが当たり、擦れて、皮膚にスリ傷を刻んでいく。
そんな痛みなどとは比べようも無い、タナトスの、ペルソナによる異種の挿入は、
信じがたく不快で、冷たい汗が総毛立つ全身から噴き出した。
「ああぁぁぁ... うあっあ、あぁぁぁ......... 」
影人間のうめきに似た声が、咽喉奥から漏れた。
排泄器官を逆流し侵食する綾時に、しがみ付かざるをえない体位を取らされ、
より深い所へ氷の蛇がずるずると送り込まれていく。
それは鱗を逆立たせ、中へ中へと、のたうちながら
体内の曲がりくねった道に突き当たり、暴れながら方向を変えた。
「あうっ...イッ...う、ううっ......ぁッ!」
力を込めてこらえても、犯され続ける体の内側は、かばう手立てが何もなく、
ぐりぐりと内臓を押し上げられ、激しい嘔吐がこみ上げた。
死神だった間、ほとんど食事をしなかった胃袋がよじれて痙攣し、苦い酸を湧き上がらせた。
「... あぐ、 ...うっ...、」
「ごめん... 気持ち悪いよね、
でも、...気持ちいぃ... ...最低だな、ぼく...」
謝罪の舌の根も乾かないうちに、臍に届きそうなほど奥までくねっていたものが不意に猛り立つように硬さを増していく。
もう...どれくらいの太さかもわからない...
自分が...何に食い荒らされているのかわからない...
ねじ込まれた後に巨大に膨れ上がった、氷の柱としか言えないそれは...
俺を限界まで押し開き、拡張し、ぎちぎちに詰まったまま、突き上げはじめた...
呑み込むように、襲い...
ずるりと引き抜かれ...
ずぶずぶと突き立てられ...
冷たい飛沫がめりこむ接点から飛び散る...
腹の底から凍えさせる衝撃が、指先にまで染みとおっていく...
「はぁっ... あぁっ... あぅ、... うっ... 」
凍死...させられる。
予感に暗澹となり、全ての力が抜けた...
その刹那...綾時が俺の脚を手放した。
空中に串刺しにされ、囚われた体を、タナトスの、壁についた両肘に挟まれた。
棺に囲まれた昏い墓室の中で、自分を犯す恐るべき鉤に吊るされたまま、
体を激しく揺さぶられ始める。
糸の切れた人形のように垂れ下がった両脚が、突き上げのたび、タナトスにぶち当たった。
壁にもたれた肩甲骨が伝える振動に、頭がぐらりと傾き、もう悲鳴も出せない口から、よだれが流れ落ちた。
眼は、綾時を向いていても、何も見てはいない...
彼のタナトスの姿が屈み、俺を覆い尽くしている。
仮面の唇から乾いた風がふいごのように吹きつけ、髪をなびかせた。
ぐらぐらと首の据わらない顔に、死神が頬ずりをした。
大きな腕が、急速に忍び寄る死に、痙攣が止まらない、俺の体を抱きしめた。
「あ、でる... 」
その恍惚とした呟きが聞こえた瞬間...
体の中心から...無数の寄生虫が放たれたかのように、血流に氷片が巡りだした。
神経を這い回られている...
筋繊維を侵食されている...
タナトスの...綾時の放った”何か”が、
精神の殻に群がり、蠢きながら潜り込んでくる...
タールのように真っ黒の津波に揉まれ、
潜んでいたオルフェウスが...啼き声をあげた...
恐怖に声も出ないまま...暗黒に放り出された。
死に際の引き攣りが、びくびくと全身を貫き、
体が...中心から、熱い塊を吐いた。
...よく、耐えてくれた。 僕がどれほど感謝しているか...
...みんなに、伝えて。
明日から数えて、ちょうど一ヵ月...
2010年、1月31日。
タルタロスに母が降臨する...
約束の日にタルタロスの頂上へ行けば、直接、向かい合えるだろう。
...もう... 行かなきゃ...
彰... どうか、元気で。
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