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「...お前は竜だな。
傷つき...力を求め、魅入られ、溺れた... 哀れな竜だ 」
愛用の小剣を虚空によぎらせ、血を払い、制服の袖で拭った彰が呟いた。
床には...十字架の火刑に処せられたように手を広げ、皮肉な笑みを焦げ付いた口元に刻んだ青白い肌の青年が...仰向けに倒れていた。
彼を中心に、あちこちにS.E.E.S.の仲間達も倒れていた。再び敵として立ちはだかったストレガ――― タカヤのペルソナ、“眠りの王ヒュプノス”の放った最後の力によって、彰を除いた全員が、昏倒させられたのだ。
傷だらけの彼らの身体、そして、まだ息があるタカヤにも応急に手当てをし、彼は上に続く階段を見上げた。
いつもは静まり返っているタルタロスのフロア...その戻り路の無い昇り階段から、ここ、262階に来るまでは聴こえなかった、強い風の音が唸りをあげて響いてくる。
(たぶん、あれが頂上への...階段だ )
「―――ッ! うっ、 ...ぐ...ぅ... 」
突如、彼は口を押さえた。よろめいて膝をつきそうになる。
綾時が去ってから半月が経った頃、オルフェウスが召喚に応じなくなった。心の内で暴れるペルソナの苦しみは、それを潜在させる彰にも影響を及ぼした。
ムカムカする今までに無い感じの吐き気が、残りの半月というもの、四六時中彼を襲った。
仲間の助けがなければ、ここまでたどり着くことは、決して出来なかっただろう。
剣を杖代わりに身体を支え、なんとか嘔吐をこらえた。そして、銃弾が掠りじくじくと血の滲みだす脇腹を手で押さえた。先ほどの治療で大量に消費したため、既に手持ちの薬は尽きていた。失血が急速に体力を奪いつつある今、ベルベットルームまで持ちこたえるだけの気力すら、彼には残されてはいなかった。
「約束の日... タルタロスの頂上... 」
(...きっと綾時が... 待ってる... )
小さく呻き、彼は、脚をひきずりながら、よろよろと階段をめざした。
呪わしい巨大な月が夜天に在った。―――
その光をらせん状に巻きこんだ、災禍のような暗雲のメイルシュトロームが、空一杯に渦巻いている。忌まわしくも恐ろしさを誘う光景だった。
その下天の中心に、夜の館タルタロスは聳え立っていた。
下を見れば真っ逆さまに落ち込む壁面が続き、地面をも霞ませている。
月光に巨影を浮かび上がらせたタナトスは―――黒煙を吐き出す円柱に縁を囲まれた、その頂上に立ち尽くしていた。
冷たい風に身をさらした、死神の丸い虚ろな眼が、天空をみあげた。
「頼みを聞いてくれて、ありがとう。 ...ヒュプノス。
いまは安らかに眠れ...
...従順でニュクスの気に入りだった、僕の
身につけた鎖が、ギリギリと黒衣の胸を締め付けていた。これから起こる事の予兆に過ぎないそれは、“死”である彼の存在すらも危うくさせそうな、滅びの悪意に満ち満ちていた。
変化も無く耐えるその仮面の顔が、息をきらしながらやっとの事で身体を階段から引きずり上げた、彰の方を向いた。
「...待っていたよ 」
その、何にも動じぬといった声に、彰は、痛みに顔を強張らせながら、言いつのった。
「...どこ、いってたんだ。勝手に.. いなくなるなんて、
みんなに、説明するの.. 俺がどんだけ苦労したか... 」
「...傍にいてどうして僕が自分を保てると思うの。
君だって、あれ以上僕に苦しめられるのは厭だったろう?」
「そ、 ... 」
それでも...と言いかけた言葉をのみこんだ彰の頬に、鮮やかに血が昇った。
(...いま、何を言おうとしたんだ俺は... )
指の間から血を滴らせ、肩を落とし俯いた彰の、前方から... 幽かな微笑の気配が漂った。
“タナトス”は、棺の外装を揺らしもせず、鎖の揺れる音だけを鳴らし、空中を滑るように彼に近づいた。
「ちょうど一ヶ月が経ったね...
今こそ、月満ちて...救世主が誕生する時だよ 」
彰を自分の影に隠すように佇む死神の、手袋をはめた大きな手が、床に目を落とし痛みに喘ぐ彼の頬を撫でた。
「彰、大丈夫だった? ツワリ 」
「うっ... ―――うあッ!! 」
その言葉を聞いた途端、口を押さえて綾時を見上げた彰が、石畳に爪を立て、もがき苦しみだした。それまで傷を押さえていた血塗れの指が、灰色の床になすられ、痕を残してゆく。腹筋に押しだされた血管から、ボタボタと血の滴りが落ちた。
這いつくばり、大きく開けた口から胃液とも唾液ともつかない液体をあふれさせ、床に垂れた制服のリボンタイを汚しそうになる。あまりの吐き気の凄まじさは、彼の眼に涙を湧き上がらせた。
その様子に、手も貸さず動かぬまま静かに見守る、綾時の死神の唇が呟いた。
「傷モノにしてごめんよ... オルフェウス」
のたうつ彰の背が淡い白さに包まれ、うっすらと発光した。
「は、 ......あ、ああッ! 」
召喚もしていないのに、発動の波が精神を呑み込む感覚に、彰が瞳孔の空いた眼をみひらく。
眩みを呼ぶ白い幻影が、彼の背から立ち昇る。それは見る間に膨れ上がり、輝かしい光を放ち、星々の光を全て集めたかのような、目にも綾な美しい姿をとり始めた。麗しい聖歌の音色が、朦朧とした彰の脳裏に響きわたった。
顕れたのは、白無垢に身を包み、オルフェウスの貌をもち、タナトスの棺を繋ぐ鎖を腕にまつらわせ、盾の様に掲げた神々しい在りよう――― 彰から孵ったばかりの、一体の”ペルソナ”だった。
「僕たちの愛し子。 ...聖なるメサイア。
彼に忌むべき死の苦痛しか与えられない、僕の代わりに...
その身に換えても彰を苦しみから救って。...いいね?」
綾時の祝福に応えるように、メサイアと呼ばれたそのペルソナは、自らの腰を抱く一対の腕を広げ、純白の翼の袖で彰を、聖母のような慈しみで抱いた。その瞬間、彰の傷から流れる血が淡い光の泡と化し、体内に戻るように吸い込まれ、治癒を大きく促進させる癒しの波動が彼を包んだ。
彰が大きく肩を震わせる。身体の中からこみ上げ、胸を圧迫するものが、喉へと迫ってきた。
「うッ... うぁ... ッかは...! 」
大きく開いた濡れた唇の間から、何かを吐き出すような音が漏れた。
メサイアの身体が揺れ、肩に続く腕が下に降りた。下腹を守るように重ねられた手の内から、虹のごとく七色に輝く燐光が漏れ、一瞬の強さのあと、消えた。
両手を捧げるように、そろそろとタナトスに差し出す。
その白磁の手のひらの上には、シャボン玉の膜のように張面をなびかせた、神秘の光を放つ”全能の真球”が載せられていた。それは音も無く浮かび上がり、綾時の元へ引寄せられ、彼のタナトスの、待ち受けていた手に移った。それを見届けたメサイアは、緩やかな温かい風をタナトスに残し、彰の中へと還った。
綾時は、メサイアから産み出されたばかりの宝珠を、大切そうに手に包んだ。
「耐えてみせる。...懲罰に 」
手の内の煌めきをしばらく見つめた後、それを口に運び、一息に呑み込んだ。
「ハァ、 ハァ... 」
真球を産み出した陣痛が引き、やっと顔を上げることができた彰は、眼の前の綾時の姿に鋭く息をのんだ。
「...まさ...か... 綾時...? 」
真っ先に眼に飛び込んだのは、ぎらぎらと濡れ羽色に光る、禍々しくも華麗な闇の翼... 彼の背に生えた四枚の大翼が、それぞれに滑らかに羽ばたき、巻き起こる風が彼の身にまとう暗黒の長衣をはためかせている。
血の気の無い貌に鎌のように咲いた唇が、苦笑するように吊り上がった。
「フフ...
つい、邪念が混じってしまったよ。
君に、釣り合う大きさになりたい...って 」
巨大なタナトスから一転し、以前の綾時と同じ身長と顔の、しかし美しさと禍々しさをともに秘めた、様変わりしたその姿。彰が思わず見惚れる程の優雅さで、綾時は携えた鞘から剣を抜いた。跪いて唖然としている彰に、騎士の叙勲のように差し出し、月光その物のように光る業物を受け取るよう、促した。
「...これを君に。 ...必要にならないことを祈るけど 」
見た目よりも重いそれに、受け取った腕がふらつき、彰は剣を床に金属音を立てて落とした。
そのまま呆然と、剣と綾時を交互に見つめる彼に、綾時は囁いた。
「彰... 僕に、力をくれないか。
ニュクスに抗うための力...
母に何をされても、心を失わないように。
絆の鎖で僕を君に繋ぎとめて欲しい 」
「何を...すれば... 」 掠れ声で訊ねた彰を、彼の闇の翔翼が、身を切る風から守るように覆った。
「僕が何をして欲しいか、解からない君なの? 」
完全に周囲を羽に包まれた空間で、彰が綾時の衣につかまり、ふらふらと立ち上がった。
翼がいっそう重ねられ、彼の背を優しく抱いた。
戸惑いを眼の色に微かに浮かべ、彰は首をわずかに傾けた。微動だにしない綾時の顔に、自分のそれを近づけていく。
「...フ...... 」
どちらが発したかわからない溜息を封じ、口付けた。
目を閉じて、綾時の侵入を待っていた彰が、その気配のなさに...薄目を開けた。
...しばしの躊躇いのあと、自分から、冷たい彼の唇の間に、おずおずと舌を忍ばせてゆく。
「..........ッ 」
差し入れた舌先を綾時に捕らえられ、体が震え、短い息が漏れた。一瞬ののち、肩に置いていた手を、綾時の顎と頬に移し、骨に当たるほど顔を圧し付け、湧泉の中を彷徨い始める。彼にされて知った、自分の快い場所を相手の内で探り、思い出しながら...迷いながら。
彰の熱が移り温められた綾時との吐息の交わりは、静かに紡がれていった。与えられるだけではなく、与えることを知りつつ、存在の全てを味わうように。丁寧に行為は進められていった。
胸を滑り落ちた綾時のしなやかな指が、制服のファスナーに触れたとき、初めて彰は引けることなく、魅了された腰を圧し付けた。期待するかのように上擦る喘ぎが綾時に流れ、彼は曲げた細い指の関節に、屹立しかかった彰を感じながら、ゆっくりと封を開き始めた。
「うっ...ん... 」
刺激に揺れを帯びながら、彰の手が、ベルベットのような肌触りの黒衣の裾を掴み、手繰り寄せながら捲り上げていく。寒風吹きすさぶ中、二人の熱が翼の中にこもっていった。綾時を探して腿を流離っていた彼の、日々の戦いで傷を刻まれた指が、目当てにたどり着き、逆らうように天を向きつつあるそれを、柔らかく握った。
無言で求め合っていた唇が離れ、綾時が、優しく囁いた。
「なんだか君とは、顔を合わせれば..してばかりだったね 」
「...これが最後みたいな言い方するな」
応えを封じるかのように、綾時が空いている方の手を彰の首にまわし引寄せた。震える舌を、指を絡ませあい、お互いの高まりを、生の息衝きを感じながら、そのひと時の交歓は続けられた。不意に、巧みに動く幻のように冷たい指が、耽溺していた彰を限りなく駆り立てた。せわしなく、けれど思いやるように擦られて、彼は接する顎をきつく押し付け、瞼を閉じ、衝撃に揺れる体を綾時に預けた。
「......ぁ、ッん! 」
指と、自分の間に広がる体液の滑りが熱い。そのまま絞るように全てを拭われ、鼓動のように重い痺れが芯に走った。握り締めて愛撫していた綾時を無意識に放し、両腕で彼にしがみついて、その刺激と余韻を逃がさない意思を露わにした。自分を抱えていた腕が離れ、綾時の指が、曝されていた彰を、元のように制服に収めて、ファスナーを上げていく。
「りょ...じ、が ...まだ、途中... 」
喘ぎの狭間で、なんとか気がかりを伝えた彰に、彼は黙って、小さく首を横に振った。そのまま止める間もなく、手の中に受けた雫を、水でも飲むかのように啜り、眼を伏せて、一本一本立てた指の股に残るものまで、全て綺麗に舐め取っていった。そんな彼に漠然と既視感を覚えて見つめる彰に、綾時は舌で唇を清めて寂しく微笑みかけた。
そして、彰の形の良い顎にひとすじ垂れた唾液を、軽く曲げた人差し指で拭いてやりながら、
「......みんなが、起きだした。
名残惜しいけど、お迎えしよう」
そう告げて、彰を抱いていた翼を素早く広げたかと思うと、羽ばたいて浮き上がり風を受け止め、そのまま円形の頂上の中央へと滑翔し、ふわりと降り立った。一瞬の...出来事だった。
「ここが頂上か... おや? ここに居たのか、北川 」
背後から、美鶴の声が聞こえた。
「ダイジョーブか、アキラ!?
あに先に行ってんだよ! この空気詠み人知らずめッ! 」 これは順平だ。
「なにか、います! あそこ! 」 山岸が俺の背後を見つめ、手をかざす。
「ニュクスか!? 」 真田先輩が驚いて叫んだ。
「ペルソナを出さなくても、強く感じる...
こ、こんな反応、初めて... 」
山岸が怯えてる...
夢を視ていたようにぼんやりした頭を振り、手の中の重い剣を握り締めた。
傍に立ったアイギスは身構え、低く呟いた。「あなたは... 」
「え、綾時...くん...!? 」
口を押さえたゆかりが一歩だけ後ろによろめいた時、辺りの空気さえ怯える冷やかさで声が静かに応えた。
「その名は仮初めさ... 嫌いじゃなかったけどね 」
「...どうなってるんだ。 まさか、お前は... 」
敵か味方か測りかねて、美鶴が不審そうに呼びかける。
顎で合図し、皆がてんでに綾時の近くで布陣を開始した。
「僕は、滅びを告げるだけの存在だ...
いや...だったと言うべきかな。
今は彰に執り込まれ、彼を護るペルソナそのものと区別はない... 」
囲まれた綾時は翼を畳むと、こちらを見てニヤリと笑いやがった。
...そんなに俺を追い詰めたいのか!
「え... ペルソナ? 」
「どういう事だ、北川... 」
「彰...君? 」
「......く、」
そんな眼で見られても、何と答えれば。
顔色を変えない様にするだけで精一杯だ。
「...ニュクスは君たちでは、決して倒せない。
それでも、刃向かうつもり?」
自分で突き落としたガケから、綾時が救いの手をさしのべた。
挑発的な言葉だが、響きはそうではなかった。
気遣わしげで不安を誘う声音に、傍らの真田先輩が拳を構える。闘魂が燃え上がったらしい。逆効果だ。
「決めた事に後悔は無い。
相手がなんだろうが、必ず倒してやる! 」
カウンターに少し黙り込んだ綾時が、諦めのきざした口調で呟いた。
「そうか...なら君たちは、もう理解出来てるということ?
人にとって最も恐ろしいもの...
最も目を背けたいと感じるもの...
ニュクスが、一体何なのか 」
「分かってるさ、そんなの! 」 勢い込んで飛び出した天田の肩を、真田先輩が掴んで止めた。
「ああ。 ...誰でも知ってる 」
「全ての命に約束されてるものだ... 」
美鶴先輩はそう言って、哀しげに胸を押さえた。一瞬だけ顔を曇らせた綾時が彼女を向いて囁く。
「なら分かるだろう。抗うことが、どんなに無駄な事か。
...それでも、やるの?
君たちだって、怖い筈... 」
元親友の変身に一番驚いていた順平。綾時の言葉に彼の顎を上げさせたのは、恐らく赤い髪の少女が渡したもの―――
「ああ、怖えーよ...決まってんだろ。
でもな...言ってたってしょうがねえ!
オレは、生きなきゃなんねぇんだよ!! 」
大剣を握り締めて震える彼に寄り添ったゆかり、アイギスも、決して後ろには引かないと叫んだ。
それらをどこか遠い出来事のように感じていた。
大きな流れの終幕に自分が居るように思う。
(もう、止められない。 ...誰にも。)
「...そうか 」
綾時が溜息に似た呟きを漏らした瞬間、彼の垂れ下がっていた翼が伸ばされ、視界の全てを覆い尽くした。黒い羽の一本が、頬を掠めて風に吹き飛ばされていく。
吹き付ける旋風に眼をつぶり、再び開けた時、彼はこちらに背を向け皆の上に大翼をあらん限りに広げ、月光を遮っていた。夜空いっぱいに広がる巨大な月に腕を伸べた後姿から、微笑を交えた声が響く。
「じゃ... 今から招来しよう。
全ての命に夜をもたらす女神、あれが僕の母だよ」
その言葉が終わらないうちに、地獄の底から湧くような、破滅を予告する地鳴りが塔を揺らしはじめた。
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