Persona3小説 19. 封じられた棺 ★◇◆(シャドウ×主人公) 忍者ブログ

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19. 封じられた棺 ★◇◆(シャドウ×主人公)



「りょう...じ...くん、」
「イヤ...いやあ――――ッ!! 」

呆然とみつめる。綾時の最期を見届けてしまったゆかりと山岸が、青ざめた頬に震える指先をあて、彼の消えた虚空を前に膝をついた。

「こんな...ばかな 」 
美鶴は、衝撃にいまだ動かない身体を意識しながら、視線だけは、
焼け付いた床の上に倒れ伏した彰を見やった。
アイギスと真田、そして順平が、汚れた頬に涙の筋跡を残す彼を、抱き起こそうとしている。
その目蓋は力なく閉じられたままだ。

「北川ッ!? おい! 」
「しっかりしてください! 」
「な...ンな時にくたばってんじゃねーよアキラッ!!? 」

最後尾でコロマルを抱えガタガタと身を震わせていた天田が、愕然と空を見上げた。
「ああっ!? 見てください、ニュクスが...! 」


あまねく空を覆い尽くしていた月が、まるで巨大な魔神のそのものの、
鮮血のように赤い凶眼を開いてゆく。

有り得ない光景に、全員が固唾を呑んだ。
いまや死の兆星と化したニュクスの災いなる眼光を取り巻く白い光臨が夜空の星をかき消していた。

滅びの鳴動が世界中に響き渡る。
その強烈な波動の力は地球を襲い、赤子の首を捻るがごとく地軸を揺るがし始めた。
まさに天変地異の言葉はこの瞬間のためにあった。

「こ...ここで...こんなところで終わるのは...いやあああッ!! 」
「死ぬつもりで...覚悟を決めてきたのに...! 」
「ぐあああああッ!! 」

地は揺れ、海は割れ、青い星が終焉の時に崩れゆく。
同時に大気の恐るべき圧がタルタロスに襲いかかり、
お互いがどうなっているのかも分からないまま、彼らを激しく波打つ床に這い
(つくば)らせた。

全てを凌駕する滅びの前に、無力感すら消し飛ばされていく。

希望が皆無の状況に打ちひしがれた彼らのペルソナが、全世界に巻き起こる悲惨、怨嗟、シャドウに堕ちた人々の狂気を非情にも感じとった。
ニュクスが送り込んだ滅びの獄軍が、それを招いた狂信者そして怠惰を貪り生を惰眠させた人々を呑み込み、喰らいつくしてゆく...
...まざまざと見せつけられる、その光景。
重力に叩き潰された美鶴は悲鳴を上げた。自分達が握り締めていた僅かな希望が、現実に起きた世界の終わりによって脆くも崩れてゆくこのありさま。 ...虚ろな心の内に感じる、静かに満ちていく絶望。
祖父の野望が招いたこのとてつもない業は、その血を継ぐ自分の魂さえも地獄に落とすに違いない。―――

「お父様...よかった。 このような有り様をご覧になることなく...」

彼女の閉じられた眼から、涙が溢れた。










ご心配には及びません
ここはあの世ではない
...
貴方はまだ、生きていらっしゃる



「......りょうじ、... 綾時が.... 」

うっすらと、瞼の裏に感じる...
凛冽(りんれつ)なる蒼が翻る。
深海の上を、七彩の波がたゆたう光。―――


彰は、閉ざされた暗闇の奥底で、
偉大な威光を環のように放つ魂の声が、自分に呼びかけるのを聴いた。
彼の胸を切り裂かんばかりの慟哭もまた、波となって異空に流れた。

「...なぜだ、イゴール。
どうして...
どうして綾時に、あんな最期を、選ばせたんだ!
俺があいつを、ペルソナに、したばかりに... 」



覚えておいでですかな...
以前、私は申し上げました
未来は、貴方の選びとる可能性の結末
...
あの御方の選んだ可能性も、また
...




意識が道化師模様の蒼い床を、めまぐるしく滑空した。
やがて、ペルソナの眷属を支配する資格を持つ者のみに開け放たれた扉の、
光に満ちる内部へと引き込まれてゆく。

...気がつくと、鎮魂の静けさ漂う部屋の円卓の前に、彰は立っていた。

いつもの長椅子に落ち着いていたイゴールは、自分に向けられた彰の、心の死臭すら漂う虚無色の瞳を、じっと見つめた。

「...絶望する前に、お聞きなさい。
貴方を作りしものは、貴方が選んだ他者との間に結ばれた絆。
目を閉じ、耳をお澄ましなさい... 微かですが、感じるでしょう?
貴方を見守る、魂の声が... 」



君を...感じるよ
随分、辛い道を歩いてきたんだね...
でもまだ...休んでは駄目だ

君がそう、僕に教えてくれただろう?

愛されたことのない、月の子供...

...人々が恐怖し、眼を背け
描かれなかった死神のアルカナの化身...

...けれど...

君に寄り添っていた彼は
僕の、誰の上にも公平であるはずだった死を
優しい手で、苦しみのない安らぎへと、変えてくれた...

...あの彼が君に遺した”希望”を
忘れないで...



「神木... 」

彰の眼に微かな光が戻った。
そして、膝の上に横たえられた、一振りの長剣を見下ろす。

(希望... でも、どうやって... )


「さあ、今こそ、貴方が自らの運命を決する時。――― 」
イゴールが両腕を掲げるやいなや、その手の先に、惑星が誕生の瞬間に発するような不思議な光が集まってゆく。

(まぶ...し、)

この世の全ての美しい色彩を凝縮した綺羅星が膨れ上がり、小さな老人の姿を呑み込んだ。彰が手をかざした次の瞬間、みるまに光は収束し、小さな星雲の形をとった。

幾多の軌道が巡るその中心で緩やかに回転を続けるそれは、
一枚のアルカナだった。

「これは私にとっても、貴方にとっても最後の力。
全ての始まりの力でもあり、そして、全てを終える力でもあります。
これを得た今の貴方なら、可能かもしれません...
決して勝ち得ぬ絶対の
存在(もの)から、彼らを救う事がね 」

「本当...に? 」
幻惑を誘う光を放つアルカナから眼を離さずに、彼は綾時の剣の柄にそっと触れた。

「貴方が手にしたのは、ユニバースの力。
文字通りの“宇宙”...
...もはや何事の実現も、
貴方にとっては奇跡ではない 」

その言葉を聞いた彰が、椅子を蹴立てる勢いで立ち上がった。

「...なら、ニュクスを消して、綾時を復活させてくれ!! 」

自分の衝動的な願いに、イゴールの眉間が顰められ皺が寄るさまに、彼のたった今得た希望が萎んでゆく。

「...残念ですが、叶えられる望みは“ただ一つ”。

それが、“宇宙のアルカナ”の体現であり、真実の寓意...
全てを終わらせ、始める力。そして、貴方から全てを奪う力。
先ほど申し上げた...『貴方にとっても最後の力』とは、その意味なのですよ 」

「そん、な... 」 宣告に、彰の心は冷たい石と化し、再び闇に落ちこんだ。

滅びの阻止を選べば、綾時を救うことが出来ない。
綾時を救っても、滅びを別の形で阻止できなければ何もかも終りだ。

「...与えれば、奪わねばならぬ。それが我が領域のことわり。

契約の代償は、貴方の全て...
契約が達成されれば、貴方は“ペルソナ”の位階へと繋がれる。

それは神の一柱となり、世界の核で全てに繋がれるのと同じことだ。
未来永劫、安息を得ることは...決してないだろう 」

老人の宣告に、少年は椅子に倒れこんだ。顔をわななく手で覆う彼の痛ましい姿に、横で控えていたエリザベスが、思わず主の顔を盗み見る。
頬杖をついた小さな背は、光り続ける“宇宙のアルカナ”を前に沈黙している。

永い間、彰の嗚咽だけが、静かな部屋に流れる唯一の音だった。

「じきに貴方は、現世の流れに戻らねばなりますまい。 このまま我々の眷属になりたい...と、おっしゃるのでなければね 」イゴールが小さな咳払いをした。

髪の奥から眇めるように...涙の残る眼で、彰は円卓上のアルカナを見つめた。そして、手を膝の剣の上に降ろし、その滑るように輝く表面を指でそっとなぞった。

「...俺の全て 」

からからに乾いた咽喉から、哀しみに掠れた声が漏れた。
胸を苛む葛藤が、まだ治まっていたわけではない。
しかし、彼はそのとき、自分の心の海にいる“メサイア”の存在を感じていた。
“タナトス”と、自分の”オルフェウス”が生み出した、綾時の遺したペルソナを。

身体の眼で剣を、心の眼でメサイアを見つめた彰の唇が、先刻よりも力を得た声で呟く。

「それが、奴の望み...
...俺たちに遺してくれた、希望...か 」

雨ざらしの石のように色褪せていた彼の表情が和んで、かすかな微笑みが浮かんだ。

「ニュクスの元へは、どうやって行けば?」
「私共が送って差し上げます。ご心配なきよう 」

老人が穏やかに応えた。
音も無くエリザベスが主に忍び寄り、耳打ちをする。

「...間もなく、最上階でございます 」

イゴールは背筋を伸ばし、受け取った剣を手に考え込んでいる彰に、
手振りで立つよう促した。

「デスを宿したのが運命なら、
宇宙の力を得たのもまた運命...

貴方は男性でありながらデスを宿し...
産み育て、交わり喪った... 精神の両性。
そしてメサイアを身籠り、
産み落とした、霊性の聖母でもある。

二つの可能性を兼ね備えた貴方だけだったのかもしれませんな。
...この世界において、真の宇宙に至る資格を持っていた者は 」

エリザベスに案内され、彼はイゴールの魔力を封じ込めた綾時の剣をかたく握り締めて、部屋の上座の壁面の前に歩み寄った。
そこは、古いエレベーターのように、透かし彫りの巨大な鉄の扉を解放してゆく。

(たとえ俺が死んでも... 未来にとって意味があるなら... )

意識の覚醒がもたらす明光に眼を細める彼に、老人は、最後の言葉を贈った。

「...貴方は自身の運命を、受け入れなくてはなりません。
契約はついに果たされました。私の役目はこれで終わりです。
...貴方は、最高の客人だった 」


なす術もなく倒れ、諦めきった眼差しを崩壊手前のタルタロスの床に這わせていた、
ゆかりの眼に、彰が...ゆらりと立ち上がる姿が映った。

(あ...きら、くん...? )

靡く砂埃の向こうで、口元に薄く微笑を浮かばせ、天を見上げた彼は、剣を抱いていた。
その体が、まるで夜空に吸い寄せられるように浮き上がった。ゆっくりと巨大な紅い眼で滅びゆく生命を見つめる”ニュクス”にむかって上昇していく。”ニュクス”が押し潰す力に、根こそぎ倒されていた仲間達もそれに気付き、彼の”ニュクス”を背景とした後姿に、驚愕の表情を向けた。

「これは...!」
「...行かないで!! 」
「そんな...どうして!?」
「クソッ何でだ...ナンでオレ達は立てねぇええええッツ!! 」
「なんでよ...ここまで来て、何よソレ...!」
「く...そ...うがぁあああああ!!」

「待てって言ってんでしょ... バカぁ―――!! 」

ゆかりの叫びの途中で、彼の姿は、天へ掻き消えた。






―――夜空をさかのぼっている。

俺は見つめ返している。
血の輝きを放ちながらこちらに向けられている、無感情な邪眼。
怖さはない。 ...むしろワクワクしている。

あまりにも相手が非情すぎるから。
なにしろ綾時の母親だ。 ...きっと、俺の予想もつかない敵だろう。

何が起こるんだろう。これから俺は、何をこの眼で確かめるのか。
俺は...どうなるんだろう。
自分が、為すべきことへの興奮に、胸が高まっていた。

「まってろ... 終わらせてやる... 」

月と俺の間にあった雲が揺れ、膨れ上がり、こちらに向かってきた。いや、俺が、雲を抜けたのか。 ...どうして息が出来るのか。不思議なことに呼吸は全く苦しく無い。寒さも熱さも感じない。自分の身体が自分で無いような... まるで、精神だけが飛翔しているようだ。

やがて成層圏を抜けた。
とたん飛び込んだ流れゆく満天の星が瞳の中を...心を一杯にする。
なんて、 ...綺麗なんだろう...全てを生み出した宇宙は。

俺は、この一部なんだな。

...イゴールの導きの手を感じた。
老人の大いなる力が、俺を目映い光のトンネルにくぐらせ、素粒子に分離しそうなほどのスピードで、一気にニュクスへと押し流した。


...降り立った其処は、物音一つ聴こえない、星の墓場のような冥い場所だった。

その中心には、巨大な...硝子のような翼に守られた、光の卵があった。
とてつもなく大きい。境が分からないほどの光環に包まれ、輪郭がぼやけている。

「これが、ニュクス...」

滅びの女神、死そのものにしては、なんて美しい光景だろう。
半ば引き寄せられるように近づいたとき、卵を透かして、中で何かが蠢くのを認めた。

「......え? 」

卵が震え、殻に気配を滲ませ、汚れた血の塊のようなものを、一つ産み落とした。

「なんだ...あれは、」

地面に落とされたそれは、表面をざわつかせながら、低級なシャドウ...の形をとっていく。
タルタロスの低層でよくみかける...スライムのような姿だ。

「これが、シャドウの胎か... 」

“胎”
その言葉が浮かんだとき、俺は、一ヶ月前の出来事を思い出した。

母なるニュクスを裏切れば... 
僕は、その瞬間から、ニュクスの胎に閉じ込められる。
そうなれば、心は破壊され、僕は原初の塵へ変えられる。
多くのシャドウと同じ、滅びの尖兵に産みなおされてしまう...

 

綾時の言葉を思い出そうとボンヤリしている内に、ニュクスの胎から落ち続ける汚血の滴りは、だんだん間隔が縮まっていた。
シャドウの素が不気味に歪み、うねりながら液体から固体へと変貌を続けている。
生々しく気味の悪いシャドウの誕生の瞬間に、吐きそうになり、口を押さえて嚥下した。
(誕生...?)
天啓のように頭がさっきの光景を思い出した。ベルベットルームに引き込まれる前、確か綾時は、空から届いた光に迎えられたように消えた。

ひょっとして、この中に、綾時も還っているとか。―――

「りょうじ... 綾時ッ!? 」
自分を取り囲むようにシャドウがザワザワとさざめきながら形を成してゆく中、それを強引に押しのけながら、俺はニュクスの胎へ駆け寄った。

ひしめき、こちらへ押し寄せてくる下等なシャドウは、近づくと蜘蛛の子を散らすように、キィキィと喚きながら一定の距離以上へと逃げてゆく。でも、ニュクスの傍近くに控えている大型のシャドウの何体かは、間合いに入ったとたん咆哮を上げ、襲いかかってきた。

見たことも無い敵だ。こちらもメサイアを召喚する。

「一掃しろ...! 」

適当な命令のわりにペルソナが放ったスキルは、なんとメギドラオンだった。
文字通り、根こそぎ木っ端微塵に吹き飛ぶシャドウの姿は、哀れみすら感じてしまうほどだ。

「...マジで? ... 」
こいつは驚いた。なんだか色々段階すっ飛ばして、いきなり無敵になった気分。
戦いの煙幕が晴れた後、近づいて触れた卵型の胎は、スペルにも全く傷つかず、手のひらの下でひんやりと冷気を放っている。わずかに柔らかく、強く押せば硬い...どちらともつかない不可思議な感触だった。

「いる...のか!? ...居るなら教えてくれッ!! 綾時!! 」

なんの応えのない胎にしがみ付き、仄かに透ける殻に額を、頬を押し当てた。
不思議と懐かしい面映い気分に浸され、眼の奥が熱くなっていく。
デスに俺が人を与えたなら、俺もまた、デスからシャドウの無意識を受け取ったのかもしれない。
...ここに、居るのかな。綾時...
眩しすぎる光が、まるで羊水のように満たされたニュクスの胎内。
いくら眼を凝らしても、ただ、ただ眼を潰しかねない光の海しか見えない。

「出てきてくれ、綾時。居るんだろ...? 」

胎の酷な冷たさが、くっつけた身体からどんどん熱を奪っていった。

体温の低下は、雪山に閉じ込められたみたいに、疲れた身体に眠気を催させる。
地面が沼にでもなったかのように引きずり込まれそうだ。

「ねむい... りょ... 」

頬を擦りながら、殻にそってずるずると脚が崩れていく。
しかし、膝をつく直前、その声はした。


...ニュクスヲ 封印シロ...早ク...


一瞬で眠気が吹き飛んだ。 ...そっと胎を撫でてみた。

「いま、の...綾時? 」

聴いた事の無い無機質な響き...綾時から、人間らしさを全て剥ぎ取ったような声。
そうだ...シャドウの鳴き声の。 ...耳に障るあの声。


生マレテ シマウ.. マエ ニ
封印...



これは綾時だ。そう思った瞬間、雷に撃たれたように動けなくなった。

「ど、どうすれば... この剣でどうすればいい!? 」

封印の前に綾時をなんとかしなくては!

言葉だけがぐるぐると頭に浮かぶ。
剣で胎を斬るのか!? それが正しくなければ、もう終わりだ...
剣の威力は一度だけ... 焦りがつのる。全身に鼓動が奔ってくる。


復活の力を秘めしその体
我が子らに捧げよ


突然、怖ろしく冷酷なあの声が頭を無尽に攻撃した。ふらつき、目眩に耐えている内に、胎の表面が波を寄せて返しだす。
ブヨブヨと胎動を始める光の卵。
それまでのシャドウの発生状況の何倍もオゾましい光景―――
ゾッとして後ろに下がった。

殻の下に溜まる赤黒い液体が、雫と呼ぶには巨大すぎるほど膨れ、音を立てて落下している。

「な、...なんだ、あれ... 」

粘液質の表面が粟立ち、石膏のような白と腐った深紅の薔薇色が混ざり合う。震え、蠕動しながら形を変え、急速に大きくなっていく。巨大な歯磨きチューブからひねり出すようにのたくりながら実体化したシャドウは...
赤い仮面を被った―――白い蛇だった。

それが数匹出現し、空中で蛇行しつつ、こちらへと這い寄ってくる。

「げ。3体か...やばいかも... 」 剣一振りでどうにかなる状況じゃない。

ペルソナを呼ぼうと召喚器を抜いたとき。
予想もしない背後から、白い稲妻が懐に飛び込んだ。

「うわッ!? 」

一体の蛇に体当たりされ絡みつかれ、硬い地面に叩きつけられた。「ぐッ...! 」剣が召喚器が跳ね飛ばされ、手の届かない遠くへ滑り転がっていく。
(しくじった! )

人間以上の胴周りをもつ巨大な蛇が、立ち上がろうと四つん這いになり、手をついた俺の体に背後からずるずると巻きつき、恐ろしい力で締め上げ始めた。「あっ.....」赤い仮面が驚愕に固まった俺の顔を覗き込んだ。

「...ハァッ、くるしッ...あぅッ! 」 もがきにもがいても、全く動けない、それどころか、息を吐けば更にキツめられ、呼吸も覚束なくなってきた。必死に体をねじってスキマを作り、なんとか右腕を抜いて地面についたところで、他の個体にも接近され、取り囲まれてる事に気付いた。

(ゼッタイ...絶命... ) どうしたらこのピンチを切り抜けられるのか、死ぬ寸前の走馬灯のように記憶がぐるぐると巡った。綾時相手にさえ手も足もでなかったのに、巻きつくために生まれてきたような蛇型シャドウ相手に脱出のチャンスを掴むことができるのか。希望は薄い...

「くそ...離れ、ろッ! 」 もうこうなったらこのまま後先考えずニュクスに封印を使うしかない、そう決心しかかった時だった。

 にょろ...

蛇の一匹が正面から隙だらけの脇腹に潜り込んだ。牙だらけの顎が開き、唸りを上げて俺の身体に噛み付いた。「あ!」 暴れてもがくと服も肌も引き裂かれていく。固く喰いこんだ牙の間で絶望が目の前を覆うのを感じ、全身が弛緩した。視界が歪んで斜めに滑り落ちていく。足元に口を開き始めた奈落。次々と蛇が足に腰に群がるのが気配で分かった。
殺される覚悟うんぬんより、いったい背後で何が起こってるのか、どうなってしまうのかと
狼狽(ろうばい)しているうち、ちろりちろりとくすぐったい感触が腿を刺し始めた。濡れた鱗の冷たさ、ぬらぬらと肌を這い回る不気味な感触。
胸が急激に怯え、背筋が戦慄に支配された。想像した自分の状態に愕然とする。いつのまに下半身の服が噛み破られている。
...俺を裸にしようとしてる。 なぜシャドウが?

「!?...なっ!? ...うあッ!!」
傷を負っていたとしても痛みは無かった。というより、攻撃されて痛かったのは一瞬で、メサイアの御技がすぐに苦痛を癒し、消え去らせた。それがいまは残酷な予想を頭に強いる。(こんなシャドウが俺を!? まだ、痛いほうがまだマシだ、)
蛇は素早かった。あっという間にうねる太い体が胸の下を通って、抱きつかせるように俺をわずかに持ち上げ、ひざまづいていた足の間に割り込んだ。両側から別の個体が絡み付いて否応無く脚を開かせようとする。半狂乱になって閉じようとするも虚しく、股関節が外されるかと思うほどの激しさで両側から引っ張られた。綾時にやられた場所、淫らな行為に反応すると知った自分の衝動の在り処が覆うものもなくシャドウ共に曝されていく。蛇は目的を持って俺をつつき出した。
(この感触、)知っている...タナトスに受胎させられた時の。―――
「っ...い、いやだ、止せ、そんな...」
蘇った記憶に首筋から凍り付いた。
必死にそむける顔の前に伸びてきた“何か”。タナトスとは違う、びっしりと鱗に覆われた青白い蛇の尾の先。小さな瘤が無数に独立して蠢き、先端から謎の涎のようなものを滲ませている。それが零れ落ちる様子がとても生々しくて吐き気と悪寒がこみあげた。こちらを脅かすように顔の傍で振られている不気味な尾。いま自分の足の間を
(なぶ)
っているのも、おそらく同じ。―――
「や...っ! いやだ、厭ッ! ...やめてくれ、さわら、..ヒッ」
熟れた小粒の葡萄の房のような複雑な感触が絡みつき、それが信じられない巧みさで剥き出しの器官を刺激してくる。自分を卑猥な生き物へ変貌させようとしているシャドウ。滴るものが堪え切れないむず痒さで下半身に散らばっていく。弄ばれた処から押し寄せる波の熱に呆然と口が開いた。「う、 ..ンく、 ハァッ.. ハァア、」 息を止め、無我夢中で拒んでも抑えきれない強烈な痺れ。「あああっ!アウッ」 硬く震える芯をビリビリ擦られて、伝う快感に甘だるい唾液が溢れた。体の奥に閉じ込められている何かが目覚めたがっている。欲求に燃えあがった全身の皮膚が喘いだ。どこもかしこも食いしばれない、指先も言う事をきかない。暴力を繰り返されるたび熾きあがっていく体、得体のしれない自分の欲望。息を吐いた瞬間、僅かに緩んだそこを押し開かれる感覚が伝い、熱く潤んでいた瞼が溶け落ちた。「ハア、も、もぉ、やめて.. あぁうッ 赦して、ゆっ ...ゆるッ」

 アキ....

(声... さっきの、)
見られてる、綾時に? ...いまの自分の姿。
「うあぅっ...り...いやだ! み、見るな、見ないでっ!!」
腰だけを持ち上げられて苦しい体の指先から頬まで火照った。赤い惑乱。頭いっぱいに膨らんで頭蓋が割れそうに。突き立てられた鋭い痛みから逃れようともがく。太い尖った何かにずるずる這入り込まれ、「ぐぅっ...あうッ」 冷たい地面に必死で爪を立てた。
体内で波打ち内壁を引きずられる異様な感触。まるで俺の中に道でもあるみたいに進み、探りながら胸元へ伝っていく。
「...ハァッ っうぁッ ...くるな、」
カラダがシャドウを呑んでいく。足掻いても中で遡るのを止められない。どうしてシャドウが俺にこんなこと。屈辱に発火した視界、卑猥に絡み合うシャドウで塞がれて他に見えない。こんな化け物、死んでも厭だ。
排出しようと腹に力を入れたのに、骨にぶち当たるほど深く突き刺された。「イ..ぁぐッ」 鈍く響き渡る蹂躙の音。青ざめ、それでも引き抜こうと手で地面を掻いた。途端に腹側の神経が酷く擦れて喘ぐ。息詰まる刺激。
(な、なに.. あうッ、)
それが分かったみたいに、蛇がのたうつみたいに動いた。「は、あ..っ」たまらなく捩った体の中が蛇をきゅうっと絞ってしまった。煽られたシャドウが大きくなる。蠢きながら膨れ上がって、今にも突き破られそうな予感。怯える背筋、...なのに熱く疼き始める、中心。
「いんっ、イ、」
シャドウのおぞましい腹が奥へ奥へ。広げられた血まみれの巣穴。執拗な虐待に朦朧としたまま、俺はそれを絞めつけた。殺してやりたいのか欲してるのか分からないほどきつく。中で苦しがったシャドウは暴れ、冷たい何かを吐き出した。(あ、あ..)大きく動かれ、隙間から溢れたものが腿を流れ落ちていく。もの凄い量の汚ない液...シャドウの種だ。綾時が出したものと同じように、ペルソナの潜む場所へと殺到していく。これが。―――
「ア、 ..ァあ、 ..ッは」
痛みも無く、ただ残酷な性感だけが叩き込まれた。
貫かれたメサイアが高いナキ声を上げた。額に花が開き、受精しているように。意識の海で光と汚濁は交り合っていった。心の内で静かに痛みを引き受け、苦しみを癒してくれていた聖なるペルソナ。それが穢されたとき、体から全ての力が抜けおちた。
「うぅ、はぁう、りょ、...りょうじ、」
シャドウの群れはネバついた迸りを俺の中に残し、ずるりと蛇体を引き抜き、次々と交代した。 
「りょうじ、っ...リョウジ、イ、」
体の奥底に残る綾時の味が、蛇の蠢きのもたらす快感の全てを、彼の幻に変えて吸い尽くした。触れているのは彼だと思い込まなければ、舌を噛んでしまいたい衝動に抗えない。足の付け根で物欲しげに痙攣する律動、頭も体も蕩けてしまう強烈な快感。心の開封を止めきれなかった俺は全身を性器にさせられたかのように白い蛇に溺れた。
「うぁっ ハァ、はぁっ、イイッ...っ、オク..あっ」
もっと、もっと奥まで激しく欲しい。体をくねらせて蛇体に押し付けた。シャドウが狂喜の声を上げて群がった。はしたなく疼くこんな体、めちゃくちゃに罰を与えて貪ってくれるこれのためなら、獣にでも奴隷にでもなれる。

(あいつが、見て...シャドウが...俺、)

辺りを満たすニュクスの光が嘲笑うように震え、明滅した。
やるせ無さが胸を切り裂いた。泣きながら射精した。
奴らは出したものを旨そうに吸い、貪った。 何度も...

心も体にも埋め込まれていた蛇の塊が、突然、鋭い鳴き声を上げて離れた。溶け合っていた火柱が引き抜かれる衝撃、受け身をとれないまま体が落ちる。でも咽喉はもう何の声も出せなかった。
受け止めきれず溢れた液体が口からも足の間からもトロトロと流れ出した。体だけは蛇を求めて痙攣が止まらない。ただ放心が意識の瞼を落としていき―――

なぜ、終わる前に発狂してしまえなかったのか...
俺は汚れた。
自分でシャドウの群れに、...

足の方で、争いあうような声がした。
光が飛び交い、爆発音まで聞こえる。

(なに... )
萎えて言う事を聞かない体をやっとの思いで動かして、そちらに首を傾けた。

俺の前に、黒く大きな、でも襤褸切れのようにズタズタの姿が、背を向けて揺れていた。足元には、シャドウの死屍累々が...蛇の屍骸が積み重なっている。

「な... 」

どこかで見た記憶のある...不吉な輪郭。
眼の前のそいつは、血だらけの黒い外衣に身を包んでいた。

髑髏に似た白い頭もほとんど真っ赤に染まっている。
胸に食い込んでいるように見える鎖には血錆のようなものが浮いていて、それに締め付けられているのか、新たな血を背から噴き出していた。
まるで産まれる途中で断たれたかのように、無残に千切れている脚。
未完成のまま出てきてしまったと思わせる、融解した哀れな姿だった。

その黒く大きなシャドウは、たったいま同胞を屠ったばかりの長い爪をだらりと降ろし、崩れるように地面に落ちた。

(まさか、)

近くへと這っていく。
たぶん、俺を助けてくれた、こいつは。

項垂れて座り込んだまま動かないシャドウの後姿に、見覚えがあった。
(刈り取る者... )

正面まで這って膝まづき、恐る恐る顔を覗いてみた。
血みどろの、人形の基礎のように虚ろな顔。目蓋のない光の失せた眼。

やはりそいつは、あの非情なタルタロスの主...俺たちの間では“刈り取る者”と呼ばれていた、孤高のシャドウだった。
(確かあれは...)
そうだ、決して群れでは現れない“死神の属性”をもつ敵...

「りょうじっ...ごめん...おれ、 」 ...綾時がこんな姿に。

すがりつくと、白い顔が微かに動いた。剥き出しの眼球が震えて俺を見る。
 間ニ合ワナカ
舌が無いのか、裂け目のような唇から漏れた音は言葉にはならなかった。
けれど俺は彼の心の声をたしかに聴いた。

(無理やり、胎から出たのか...俺のために、)

血塗れの手が、そっと俺の頬の涙に触れた。
 

 キミ ハ  ボクノ...

「...今さらだよ。
最初から、ずっと俺は、そうだったじゃないか 」

抱きしめると、もうどこにも表情の無い彼の顔が苦しみに滲んでみえた。ぎこちない仕草で地面に転がっている剣を指差した綾時は、鎖に血を伝わせた胸の上に手を置いた。
解放してくれと、その眼差しは訴えていた。

彼に微笑んで、剣を手に取った。
示された場所に正しく切っ先を当てる。

そして綾時に口付けた。
俺の手で送られた彼の、すでに応えのない唇に。

女神の光が血を流し、
(そら)が終幕の黄昏に染まっていく。

俺は綾時の亡骸を抱き、意識が命ずるまま腕を高く掲げ、自分の全てを解放した。
繰り返される星の生と死。その輝きに浸されていく。手放したものと引き換えにみた、宇宙の美しい産褥の痛み。
群がる無数の存在、渦を巻く神聖の受胎、分かれていく小さな命...

(あれは、誰もが持つ...光だ。)








最後の審判に現れたメサイアは光り輝く腕の内に月と地球の全てを包んでいった。
彰という名を持つ者の世界。その者が生きて歩んだ場所は、滅びによって失われ崩れかかった全てが、復活を遂げた。









end.








-claplog darkside 黒綾時-



ぼくは君を十字架の犠牲にするつもりだ。

救世...? フフ。
...そんな高尚な動機なもんか。

君を誰にも手の届かない存在にするよ。
...僕以外の、誰にも。

死してなお僕に囚われるほど
残酷な終わりを見せてあげたい。

僕と二人きりで死んでもいい...


そう君が、同じ幸福を望むように―――


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