Persona3小説 Four. 覇者の系譜 忍者ブログ

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Four. 覇者の系譜



逢魔の黄昏が虚栄に沈む街の壁や塔を染めていく。

やがて澄んだ闇の腕に抱かれ、歌い疲れし魂は銀の眠りに憩う。

幾千も繰り返された、忍びやかな星の夜には
ひととき訪れる、隠された秘中の秘があった。

それは遥かな昔より、叡智を極めた魔術師のみが知る時空、
鼓動の絶えた、虚無の時間だった。

ウラノスの天空を蓋い尽くす、夜の女王ニュクスの棺。

あまたの魂を結ぶ深き海の底、熱き混沌の底より
影の子らが手をかざし、母の亡骸を求め叫ぶ。

冴えなる魔術師達は
幻視のさなか、刻の秘密に触れ
魂の旅路を手札にしるし、秘儀を流浪の民へ授けた。

智恵の実を食べた人間は、その瞬間より旅人となった
アルカナが示す旅路を辿り、未来に淡い希望を託す
光の標は、正なる旅路の道連れとなり
影の標は、逆なる旅路の道連れとなる

心せよ

女王の真の名を口にする無かれ
女王を見つめ、光に誘われること無かれ
かの光は光にあらず、陽の影たる妖しの輝きなり
光と影を相もつ女王の貌は、
汝を不安の迷い路へと惑わせるであろう

永遠の旅人たる流離の民よ
汝らは
稀人(まれびと)を占うが宿命(さだめ)

旅の仮宿にて汝を待ち受ける者は、―――
汝の魂を影より支配するは、―――
旅路の最果てに、汝が視るものは―――





有線が流すJ-POPが、商店街の人通りの上を風渡っている。

厳戸台駅北口。多くの自転車の雑多なバリケードが、少し疲れた様子の広場を囲み彩っている。その中央に
烽火(かがりび)のように立つ鮮やかな赤い街灯、そこに寄り添う若い女の姿があった。

ダブル・ブレストに仕立てたオフホワイトのコートに身を包んだ彼女は、ハイヒールのかかとで引き攣つれたストッキングを直した。そして冷たい鉄柱から手を離し、俯けた顔を上げると指の埃を払い、両ポケットに手を突っ込んで歩き出した。

先ほど出てきた定食屋『わかつ』のレシートを捨て、駅の階段をコツコツと靴音を響かせて昇る女の眼には、凄みのある色気が漂っていた。偏狭さを感じさせる鋭い視線ながらも、目尻から連なる柔らかな頬が払拭している。隙の無い印象を与えるのに、一たび唇を開けば全体に独特の愛嬌が漂う。彼女が何かを見つめれば、それに対して何を考えているのか知りたくてしかたなくなる。そんな個性的で魅力のある顔立ちだ。
彼女は改札を通り、新都市線ではなく人影まばらなモノレールのホームへ上がった。平日の夜が更けはじめ、人工島へ向かう者は少ないようだった。11月の夜風が筒抜けて、彼女のコートの裾をパタパタとはためかせている。

―――まもなく、辰巳ポートアイランド行きが参ります。白線の内側に...

辰巳ポートアイランドは、桐条が資本を一手に引き受ける島だ。
島内に存在する商店や施設の殆どが桐条の関連企業だった。その中で一際注目を集め広大な敷地を占める月光館学園も、桐条により運営され、小・中・高一貫教育で全国に名を馳せている。
そして、彼女もまた、桐条の擁する研究開発機関の一研究員であり、島にある自宅へと帰る途中だった。部活帰りの高校生達とすれ違いに車内に入ると、一番落ち着くドア横の座席の手すりに背をつけた。

彼女は、建物の間から垣間見える暗い海に視線をゆだねて考え込んでいた。

(...見るべきものは学園しかない島。
なぜあんな場所に、大量の電力供給が必要なのだろう。

既にある風力発電のみならずMW級超電導発電機まで導入して...
計画されている程の長時間での連続的な電力使用は、最も研究の進む日本でさえ成功例がないはず。

それに、長距離送電ではないから半分がサンクコストになることを承知の上か...
...不可解だ...... )


今朝の会議で報告された一つの事柄が、どうしても、彼女の意識の中で引っかかりを残していた。理由が一切明示されない莫大な電力拡張。現場が、自宅の近辺であったせいだろうか?

湾橋のカーブに差し掛かり、硬い感触に床がわずかにガタついた。
窓から見える風景が、海から島の夜景へと移り変わっていく。

一企業の力によって建造された、闇に横たわる人工の島に散る、きらびやかな光点―――
それはまさに、総帥である桐条鴻悦の剛鉄なる意思の具現化であった。
自然が造り上げた意匠など何一つ無く、人の願望のみを反映した島。

多くの人々の命運を乗せた箱舟のように、海に浮かんでいる。
―――

この瞬間、彼女の胸に、将来への漠然とした不安が蜘蛛の巣のように広がった。




港区警察署の時計が午後9時を示した。
黒沢は、常に視界の端に捉えていたお気に入りのクマ警部が帰宅した数秒後に、再び淡々と手がかりの選別作業を続けた。

白河通りの殺人事件の捜査は行き詰まっていた。現場となった建物の持ち主には犯行時間にアリバイがあった。犯人はその場に指紋や足跡を残していない。業者の出入りが頻繁にある倉庫内の出来事であったため 、採取された人毛その他は気が遠くなるほど種類が多かった。照合作業が急ピッチで進められているものの、その
進捗(しんちょく)を知るにつけ、徒労に終わりそうな予感が黒沢にはあった。そして、未だ解明されない大きな謎。

―――犯行現場を外から撮影した監視カメラは、何の異常も無く稼動していながら、怖ろしく不気味な影を事件に落としていた。

なぜ、犯人と被害者が写っていないのか。

その事実は、仮に録画がなければただの殺人であったはずの事件を、グロテスクな迷宮へと変貌させていた。物証の少なさはまだいい。 しかし、物証が事件そのものを否定するとは。犯人を挙げたとしても、その後の裁判でこのアキレス腱を突かない弁護士はいないだろう。被害者が現場に来た映像はなく、犯人と疑える者の出入りの映像もなかったのだ。先が思いやられる。

被害者が遺した膨大な取材資料の山に黙々と取り組んでいた黒沢は、異様な記述のあふれる中で一際気を引いたワープロ打ちの一枚に手を止めた。手袋の甲で汗を拭き、紙片をそっとテーブルに置いて、彼は食い入るようにみつめた。

――――――――――――

N教団事件に関する覚書

1992年11月5日。予言されたメシアの聖誕日。
北川先輩が男児を授かった。

1993年11月3日、先輩より、彰くんが連れ去られたとの連絡あり。
直ちに向かった。奥さんもいたが、なんと敵側だったので驚く。
奥さんはN教団に入信していた。先輩は、詳しく把握していなかったそうだ。

4日、奥さんを説得して場所を吐かせ、N教団施設にて魔術儀式を阻止、奪回。
先輩と彰くんは無事に脱出。信者と殴りあっていたら、警察を呼ばれてしまった。
奥さんの件もあり、表ざたにするわけにはいかない。
それにN教団相手では... 黙秘の後、釈放。
奥さんの話では、彼らは子供を24時に生贄として捧げるつもりだったらしい。
真のメシアであれば、5日に復活するはずだったという。
キチガイ沙汰だ。
しかし、あの夜に見た不気味なものは、一体なんだったのだ?
俺も雰囲気に飲まれて気がおかしくなったに違いない。
それに、奴らが崇めていたあの御神体は? 話に聞いていたのとぜんぜん違う。
先輩は彰くんと二人で日本を離れた。賢明だ。
自分も誘われたが断った。奥さんは入院することになった...
密かに調査を進めたいが、前途多難が予想される。
奴らに闇に葬られた人間の噂は一つや二つではない。
官はあてにできない...かえって危険だ。

『魔法 その歴史と正体』人文書院

魔術の起源
人間が大昔から信じてきた、邪悪な超自然物との対決。その対抗手段として発生した魔術。
第一段階、いけにえと祈祷を要求する魔物。
第二段階、救済の善霊の訪れ。
第三段階、世界の調和を司る最高神の信仰。

呪いは、悪魔のごとく人に作用する。金切り声が彼を襲う。呪いは
彼に病気をもたらす。
彼の体内の神は彼を傷つけ、女神は彼に不安をもたらす。
ハイエナの叫びに似た金切り声は、彼を圧倒し、彼を支配する。

タロットの魔術的理論
自然界に偶然は存在せず、宇宙のあらゆる出来事は、予見された法則によって生じる。
特定条件下にてあらわれる術者の予言的才能による。
予言―――秘学における千里眼、科学における知覚過敏症を指す。
図柄は精神や心理を予言に適した状態に導く。無意識に状況から判断材料を汲み取り、予見する。
二十二枚の切り札は、『
人間(マン)』と呼ばれた。全世界は『人間』に集約される。
ただし、二枚のカードのみ、人間的要素が失われている。

第10の『運命の輪』
第18の『月』

――――――――――――

(これが、被害者が調書をとられた件の真相だったのか。)

黒沢は頭をかきむしった。這いよる混沌のような訳の分らなさを前に、通用するのか疑わしい理性の剣。だがそれを頼みに立ち向かわねばならない。
自分と相手の信じているものが決定的に違うとき襲われるたぐいの不安がひたひたと押し寄せてくる。
しかし、これが事実であれば、眼を背けるわけにはいかなかった。

「おい、ごっついの掘り当てちまったかも... 」

隣で同じく作業をしていた同僚の荒垣は、黒沢に肘でつつかれ、真っ赤に充血した疲れ眼をショボショボさせて冗談まじりにつぶやいた。「ん~。 脅迫状でもあったか?」

「ある意味、最悪の脅迫状だ。 ...これ、読んでみろ 」

「どれどれ 」

荒垣はまず、ざっと読んでなんとも言えない奇怪さで顔をしかめ、 次にじっくり読んでがくりと顎を落とした。

「...こりゃあまずい。N教団といやあ、政財界にも食い込んでるアレだろ。
これで上からストップがかかったら、いよいよ本物じゃねえのか 」


『N教団』。

正式には『N.Y.X』と呼ばれるその宗教団体は、この国の現代史の裏面にはりつく得体の知れない一枚の黒い巨岩だった。

カソリックを母胎に誕生したこの団体は、当初は『生命の樹』と称し、信者同士が集う聖書の勉強会として活動をはじめた。勉強会という性格上、神学的な学術色が強く、宗教色も薄かったため、宗教学を礎とする文化人の支援が多かったという。

聖書を傍らに愛と平和を唱え、様々なボランティアや国際支援を行なう信者達の姿は、第二次世界大戦の敗北で日本が負った精神の傷に甘く浸透していった。

当時の日本の中心には、ぽっかりと空いた巨大な虚空があった。古来より土地を守り、土地より生まれたモノ達を護りきた国神。祭司たる皇を中心に魂と肉とを不可分に栄え続けてきた日本。その国家神道が流産した、虚ろな痕が。

『戦時の護国精神を旧悪と断罪せよ。
ナショナリズムを捨て、神の愛のもと、地球を一つの市民社会に。』

『生命の樹』の思想は、敗残の反動をもって、人知れず日本の空虚に受胎したのだった。

国が高度成長の波に乗り、国民全体に国際社会の一員としての意識が膨れ上がっていくにつれ、『生命の樹』は徐々にその根を国民の精神の地下に張り巡らせていった。戦前、幾多の宣教師が心血を注ごうともキリスト信仰が国民全体の2%を超えなかった日本に、そっと根をおろした戦勝国宗教の宿り木。―――

しかし、政界の闇に通暁すると噂される占い師“太秦洋子”が2代目の教祖に就任した時、何かが―――変わった。

現代は女性が働く時代、と読んだ彼女はまず、日本各地に保育園や幼稚園を設立した。これは子供の預け先に窮していた母親達にまたたく間に受け入れられ、 『生命の樹』の種は多くの幼い精神に撒かれていった。彼らの成長につれ、小学校、中学校、そして高校。ついには大学が創立され、身も心も一つの思想に教育 され、精神の平和に安寧した多くの人間が、『生命の樹』の素晴らしい教えを広めんと欲する信者となり、社会に巣立っていった。

その間、タロットカードの占者であった教祖“太秦洋子”は、元々の教義にアルカナの秘儀を加え、神秘色を強めた思想体系を確立した。

この時をもって『生命の樹』は『N.Y.X』と名称を変え、強烈な勧誘を旨とする一大宗教となって、日本を内側から侵食し始めたのであった。―――


―――普段から胃痛を訴えてるような黒沢の眉間の皺が、日本海溝を思わせる深さになった。

「...とりあえず、警部に連絡するか。 順序すっ飛ばしたら機嫌悪くなっちまう 」

携帯をとりだす彼の横で、荒垣は「こりゃ公安の協力を仰いだほうがいいな 」とつぶやき、やはり上司に報告すべく検分室を飛び出した。



東の空が重たい瞼を開くにつれ、暗い海の沖合いから太陽の道標が海岸に伸びていく。

港区のとある坂のてっぺんで、新聞配達のバイトを終えた田中少年は、今朝も時間内に配り終えた自分にご褒美をあげようと自販機で255茶を買った。

見慣れた早朝の空の儀式を眺めながら半分ほど一気に飲んだ。そして染み入る感覚に息を吐きつつ、缶の印刷を眺めた。この255茶、255種類の茶葉やオーガニックがブレンドされているのが売りだが、内容が缶に一切書かれていないのが有名だった。少年は見やすい文字の大きさと缶の余白のバランスを測りながら色々と理由を考えていたが、とうとう諦めて投げ出した。書かないのではなく、255種類も書けないだけじゃないのか。書けないような物が入っている という選択もあるが、飲んでしまった後でソレは考えたくない。

「また下らぬものに、こだわってしまったわ... 」

斜に構えた独り言を呟いて、さて帰るかと自転車に向かおうとした時、西の空遠くに奇怪な光雲が立ち昇るのが見えた。

「なにさ? あれ、」

目をパチパチと瞬き、田中少年はあっけに取られた。

異様な光は幕を切り裂くように走り、上空に垂れこめる朧な雲の間に吸い込まれて消えた。










その頃、桐条グループ取締役の桐条武治は、経団連の会議に出席すべくO市のホテルに宿泊していた。

目覚めは彼のすぐ傍まできていた。浅い眠りの自然な覚醒に身を委ねていた至福のひと時に、突如、巨大なハンマーが打ち下ろされ、武治は意識を粉砕されると同時にベッドから浮き上がり、思い切り投げ出された。

「ッが! な、なんだ何が起こった、」

オーディオの角にしたたかぶつけた唇を押さえて見回せば、厚い遮光カーテンが揺れ―――いや、部屋全体が気でも違ったように揺れている。

床の突き上げに飛ばされながらも這いつくばって、彼は必死にベッドの足にしがみついた。

(た、大変だ。地震だ、大変だ。ど、どうしたらいい。いつ止むのだ !?
いったいどうなってしまうのだ、これは只事ではない、ここだけなのか、それとも
―――

すくみあがり、窮まる惑乱に飲まれそうになりながらも、 彼の心は、遠く離れた妻と娘の姿にすがりついた。


1995年1月17日未明、日本列島の要にあたる一帯に、未曾有の震災が襲い掛かった。
あらゆる建物は瓦解し、高速道路の巨大な橋げたは落ち、二次災害による火災が街を舐め尽し、地面は焼け爛れた皮膚のように歪んだ地盤を噴出させた。この国の富、人々の努力によって築かれた街は、朝焼けの下で、脆くも崩れた。



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