Persona3小説 Nine. 帰結の背後 忍者ブログ

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Nine. 帰結の背後



この男だ。と、黒沢は相棒の刑事である荒垣に言った。

「...ユニークなイケメンだなぁ、おい 」 ジャケットを担ぎながら近づいた荒垣は、写真を覗き込むと感心して唸った。その一枚には、斜め上方からのアングルで、若い男が写っている。一目で、張り込み先のアパートから望遠レンズで撮影したものだと分かった。

艶の無いアッシュ・ブラウンの髪に隠れて、目つきが殆ど見えない。だが、唇の内側に滲んだ謎めいた微笑が印象的な白痴美を感じさせる。強さや優しさを全く感じさせない、奇妙でアンバランスな輪郭だ。身体は黒いハーフコートの上からでも、
痩躯(そうく)であるのが見て取れる。

「94年の事件以来、同じ凶器によると思われる犯行が6件続いたんだが、
その内の4件で行動が怪しく、容疑者に挙がったのがコイツだ。
いずれの場合も、教団施設から犯行現場近くのマンガ喫茶や飲食店に移動してる 」

「なるほど。実行犯と組んで共謀してた可能性が高いな 」 写真の顔を頭に刻むと、荒垣は上着にそれを仕舞った。黒沢はうなずいて、男を写した他の写真を全て机の上に展開していった。

「コイツは25歳で...沖縄のU市出身だが、戸籍が無いんだ。
私生児で、母親は学校に通わせる金惜しさに、出生届を出さなかったらしい 」

「本当か? それって中国の
黒孩子(ヘイハイズ)みてえじゃねーか。 日本にもいたのか... 」

荒垣のいう黒孩子とは、中国の一人っ子政策によって戸籍からあぶれた人間の事だ。その政策では子供が一人ならば受けとれる褒賞制度がある。しかし二人目以降を産めば様々な権利を剥奪されてしまう。その弊害として、多くの出生が隠蔽され、何千万人もの黒孩子が存在すると言われている。黒孩子の黒は”闇”の意味で、闇市や闇取引と同様、公認されていない存在を指す。
当然だが、人口減少に悩む日本には、このような制度は無い。

「...全くだな。俺も日本人では初めて聞いた。

そういう訳で、この男に正式な氏名は無い。 ...通り名は、“
Aegis(イージス)”だ。
母親は米軍基地内の兵士の愛人だった。 そのアメリカ人の男が、コイツをそう呼んでいたそうだ 」


「はは、イージス艦かよ。 勇ましい
渾名(アダナ)だな。
しかし、あんまり恵まれた生い立ちとは言えん様だ。 ...偏見かもしれんが 」

「親から虐待されてたっつう証言があるから、不幸には変わりないな。
15歳で家出、そして上京。
その後N.Y.Xに拾われてからは、ずっと教団の中で生活している。
何人か元信者の話を聞いたが、よく知らないの一点張りだ...
...奴らの口の堅さには本当に参っちまう 」

荒垣は、屈みこんだ机の上で無念そうに握られた黒沢の拳を見遣った。そしてヤレヤレと首を振った。「脅されてんだろな。 ってことは、何かあるわけだ 」

「『信者以外の者に内情を一切語るな 』 が、N.Y.Xの掟だってよ。
どれだけ有難いお題目なのか知りたいもんだ 」

「ご大層だな。 黒沢よお、囮で入っちゃえば? N.Y.X 」

顎を触りながらにやにやと薄ら笑いを浮かべている荒垣を横から見上げ、黒沢は険しい視線を再び写真に落とした。

「...そりゃ俺も考えたが無理だ。
奴らは、入信希望者の素性を徹底的に調べる。
あそこに警察が近づくには、N.Y.Xが母体になってる学校を出ていないと駄目なんだ 」

「徹底してんな 」 低い呟きにうなずいた荒垣は、同様に声を低めて囁いた。「なあ...お前、部長に何か釘刺されてるのか? 」

「いや。 警部(クマさん)が防波堤になってくれてるからな。
俺がこうして動けるのも、おまえを応援に頼めたのも、あの人のお蔭だ 」

「そぉか。 俺、この件からハズされた時は、ぜったい裏に何かあると思ったね。
上の動きの鈍さといったら、仲間内の不祥事並みだ...

...やっぱ、いるんだろな。 上層部にも、N.Y.Xの奴が 」

「ま、そんな事は分ってたけどな... でも俺は諦めんよ。
いくらN.Y.Xが日本のタブーだろうと、このまま黙ってられるか 」 黒沢は口を歪めた。

「――ああ。 弁護士、記者、他宗教のトップ...

不審死を並べてみりゃ、全部N.Y.Xにとって目障りな人間ばかりだ。
こんなあからさまな犯罪を放っておいて、治安維持もクソもない 」

そうだな。と答えて黒沢は写真を整理し始めた。写真が照合用の数枚を残してファイルに収められたのを見計らうと、荒垣は再び口を開いた。

「なぁ、黒沢よお 」
「...なんだ 」

「現場の証拠の無さと言ったら、異常すぎじゃねぇ?
プロだってここまではしないぞ。目撃者いねー、物証ねー、凶器の弾すらねぇ。
白河通りの事件なんざ、監視カメラに誰も映ってねえし。 ...薄気味悪い 」

黒沢はうなずいた。「あの教団にゃ、何かあるんだ。 俺たちには視えない―― 」 そこまで言った彼は、ちょっと驚いた顔になった。「時間... 」

「時間? なんのだ? 」 荒垣が眉を上げる。

「...いや。 国外逃亡した元信者が言ってたんだよ。
解脱した信者にゃ、神の特別な加護があるんだと。
“世間の人には視えない時間を過ごしてるような”...てな 」

「はは、ソイツもかなりイかれてんな。足抜けしても信者は信者か。

...俺にゃ宗教信じる奴の気持ちが理解できんよ。
神だの何だの、ありもしねえモンを妄想して崇めるなんざ 」

皮肉る荒垣を、黒沢はじろりと睨んだ。「おいおい。 そりゃ俺に対するイヤミかあ?」 親戚が神社で神主をしているという黒沢のおいたちは、荒垣も知っているはずだ。

黒沢が冗談で低い声を出したので、荒垣は少し気まずそうに答えた。

「はあ? だって神社はベツだろ?
俺だって息子は七五三に連れてったし、お前んとこの長鳴神社の御輿も担いだじゃねえか。
観光で立ち寄ったら賽銭は放るわ、嫁から交通安全の御守りは持たされるわ、
何だかんだで... ん? これもやっぱ信心なんかね? 」

隣で首をひねる相方を見た黒沢の顔から、眉間の皺が消えた。「...はは。 いや..郷土愛みてえなもんだわな、確かに 」

「神社の境内には誰でも入れるしな。 どっかのカルトと違って 」 荒垣の説得は成功したようだ。
そして真剣な顔で話を戻した。「...なあ、俺らって、警部の見てみぬ振りにどこまで甘えていいんかな 」

「決まってるだろ。 犯人を挙げるまでだ 」

即答した黒沢に、荒垣はうなずき腕時計を見た。「地道にいくしかねえか... さて、張り番行きますかね 」

「おう、行くか 」 肩を叩かれて、黒沢も傍に掛けてあった上着を取った。














俺は窓際に立ち、息子の彰を抱いて外を見ていた。

見上げれば冬の蒼穹が広がり雲が煙っている。
部屋に面した裏庭の針葉樹にはクリスマスの名残の天使飾りが一つ忘れられて引っかかり、風に揺れていた。家々の屋根の奥に建つ教会、その尖塔に掲げられた十字架が太陽の中で輝いている。


2000年(ミレニアム)か... 」

街はもうすぐ来るはずの新千年紀を祝う、装飾や行事に沸いていた。
こうして窓を閉めていても、楽しげな広場のブラスバンドの楽曲が聴こえてくる。


「...今月の電話、まだだったな 」

応えは無くても俺は、習慣で思った事を口にしていた。

もう、自分の独り言の多さを意識することもない。
一歳の誕生日から以後、先月迎えた七歳に至るまで、
彰とは一言も会話らしい会話をした事は無かった。
それでも、俺は話しかけた。
歳月を重ねるうちに、それが問いかけよりも呟きに近くなってしまっただけだ。

「...彰、俺ちょっと病院にかけて、母さんと話してくるよ 」
「う。 ...ぅぅ、」

抱いていた彰に話しかけ、ベッドに座らせて身体を離すと、彰はその姿勢のまま、青白く淡い視線を前の壁に投げかけた。

壁には、地球の大きな宇宙写真が貼ってある。

どこかの街のパネル展で買った、闇に浮かぶ碧い惑星と月の写真だ。
彰はそれがお気に入りで、眺めているときは、少しだけ瞳の感じが変わる。

フォーマルの子供服を着せると彰は、
遠目には何かのコンクールの出番を待っている少年のようだった。

今日の彰の服装は、紺色のブレザーにツイードの半ズボン。そして、キッドの革靴だ。
せめて身なりだけは... そう思って、いつもきちんとするようにしている。

俺はそんな彰を抱いて、どこへ行くときも連れて行くことにしている。
通りのウィンドーに映る俺たち親子は、まるで腹話術師と人形のように見えて、時々可笑しくなる。

一歳までは順調だった彰の発育は、あの誘拐の日を境に閉ざされた。
何も話せず、笑うことも泣くこともできない。
ここから見える公園で、同じ年頃の子供と遊ぶことさえ...

...俺は彰を、N.Y.Xから取り戻したつもりだった。

怖ろしいまでの愚かさだ。
俺が妻の信仰に気づいてさえいれば、あの日の不幸は防ぐことができたのに。
もう、どこの医者に
(すが)ろうと...彰を元通りにはしてやれないのだ。


...あの信じがたい光景を、忘れることができない。

それはN.Y.X教団の薄暗い
伽藍(がらん)の内側で起こった。
聖堂の中央には、眩しい鏡があり、後光を模した装飾が施されていた。
離乳したての赤ん坊だった彰は、その前に置かれた水盤の中に半ば沈められていた。

何度、懺悔を繰り返し、
この心の全てを息子に捧げたいと願っても、
あの冷たい音が嘲笑い、苛み続ける。

水盤から彰を引き上げた時の残酷な水音が、
この耳の奥から消えることは一生無い。―――










蒼ざめた満月が中天で喪裾を広げていた。

十二月の夜空には、
天狼星(シリウス)が大犬座の野鶏星(やけいぼし)に狙いを定めながら輝いている。




喫茶店の灯りに照らされた男の姿を双眼鏡で確認して、黒沢は、ひと言「動いた 」と囁いた。

雑居ビルの外壁にもたれて仮眠を取っていた荒垣の眼が瞬時に開いた。無言で左腕を立てた黒沢は、後ろの相棒に見えるよう人影の行き先を示した。微かな足音と共に追跡がはじまり、後にはビル風と不夜城の喧騒とが残された。


小路の暗がりから出ながら、荒垣は腕時計を見た。
針は午後の終焉に近づいている。

間を置いて黒沢を追おうと踏み出した彼の背後で、不意に鎖の鳴る音がした。
次の瞬間、彼の腰に硬い痛みが喰いこんだ。

「愉しんでるかい? 」

「ッ!? 」

「...追われる立場には、慣れてなくてさぁ、」 冥い微笑を含んだ生暖かい吐息が銃口を突きつけられた荒垣の首筋を撫でた。「怖いもんだね、意外と... 」

彼は懐に手を忍ばせ、眼を剥いて振り返った。
その時、ビルの壁を這う排水管から落ちた一滴が、水冠を型どりながら
暗い血の色に変わった。



風が止んだ。

息詰まる静寂を、月の巨光が染めつくしている。

街は、地中の棺が甦り、直立したかの如き奇景の墓場になっていた。

怪異と化した路上を唯ひとり、何かを物色しながら歩く者がいた。

その男は、一基の棺桶を認めて目を細めた。







「ッ... な..んだ、こりゃあ!? 」

呪縛が消え、よろめきながら現れた刑事の身体は、不気味な象徴に取り囲まれていた。

「...アンタに下したのは死の宣告だ。
だって棺のまんまじゃ殺れないからさぁ?...ハハハッ 」

禍月(まがつき)の光に照らされた周囲を愕然(がくぜん)と見回した黒沢の表情は、繁華街に林立する棺の影に紛れていた男の嗤い声を聴きつけて凍りついた。彼の視線は最初に、自分を狙う大型リボルバーの銃口を捉えた。そして直ぐ上に待つ白い顔を認めた途端、彼の胸は赦されざる者への怒りに燃えあがった。
「貴様、イージス...! 」

「クッ..オレにその名をつけた
BIG JHON(デ カ チ ン)に逢わせてやるよ..
く、アは、ハはハハははハはッ! 」

壊れた笑い声がビルの谷間に反響した。
黒沢が抜いた銃は、初弾によって弾かれた。
二発、三発と無造作に放たれた銃弾が黒沢の腕を足を貫通する。
「ぐぉッ... ッ! 」

肉を吹き飛ばす衝撃が彼に不可視の風穴を空け、その虚ろを死の予感が通り過ぎた。
直後に襲いかかった激痛は、黒沢に肉体の在り様を叩きつけた。
悶絶する黒沢を狂喜が浮いた眼差しで愛でつつ、イージスは唇を舐めて弾をリロードした。

「は、アハ、やば、ちょっとずつ
()がないと...
猟犬(デカ)
を嬲るなんてエクスタシーは、初めてだからね、すぐイッちゃいそ.. 」

肩を撃たれ、斜めから車両に倒れこんだ黒沢は、目前に迫る生の断絶を凝視した。哄笑を浴びせられ、熱された憤激が心をえぐり落ちる。その火砕流は彼の奥底に眠る深海になだれ込み、“目覚めよ”と揺さぶり動かした。

それは、死を賭して覚醒する。



 我が月神に
(たてまつ)れ 汝に()りて力とならん―――



閃光が脳髄に突き刺さり、声は“祈れ”と命じた。
反射的に、失血に朦朧とする彼の意識は、知り尽くした祓いの言霊を深層から立ち昇らせた。

諸々の 
禍事(まがごと) 罪 穢 あらむをば
祓へ給ひ 清め給へと 白す事を
聞こし食せと 
(かしこ)み (かしこ)
み 白す

白月の カミ―――

「 ――――――ツク ヨミ.. 」

契りの言を追って神威の名が黒沢の咽喉を衝いた。
脳裏の常闇で凄烈な月光の刃がぬらりと笑った。
その太刀筋は次の間隙を衝き、暴虐をもって意識を掻き分け、脊髄までも裂かん無慈悲さで外界を目指した。

全身を握りつぶされるような恐怖に抗えども幽形の悪寒は迫りくる。

目に映るものがみな断ち割れ、ズルズルと滑り落ちながら腐り融けだしていく。

 満ち足りて  苔むす 夜空  九尾  標的の    吐露
嗤う         狐の       影  の
月       白           血


脳が激しく掻き回され諸々に崩れゆく感覚に鳥肌が立ち、黒沢は自らの頭を両手で鷲掴んだ。

「...あああ駄目だ、何が、ナニ俺の頭に突っ込んでやがるッやめろ、ヤメロッ! 」

体中の血管がぞわりと蛇腹を波打たせた。膨れ上がった脈動が黒沢の顔を手を凄惨にのたくる。深層に自己が侵食される感覚、それは眼の前の暗黒への恐怖を消滅せしめんとする意志に同期し、彼の憤怒の咆哮さえも蛮勇のフラクタルに変えた。

魂響(たまゆら)に歪む光刃を、黒沢は歯噛みを決して掴んだ。

あれは敵だ。殺らねば俺が死ぬ、――

滄海(カオス)より天の矛が引き抜かれるがごとく、変容した自我はついに精神宗界(セントラル・ドグマ)
から炎上した。


 我は月読命..我は汝が禍事を祓い断つ夜見の光

――――――いざ我らが敵を平らげん!

顕れたは、ぬばたまの闇に射す冷酷なる光の装束。
幽冥の仮面を
()いた隠神月読命は、煽りを食らって仰け反る黒沢の上に弔衣を翻らせ滞空した。

尊大に諸手を掲げ絶界より風神を
称揚(しょうよう)し、狂笑する人影に向けて森羅万象を斬り捨てる大烈風(マハザンダイン)を放った。慙愧(ざんぎ)に八つ裂かれ宙に舞う、無数の人の欠片と血飛沫(ちしぶき)。強制的に引きずり出された力の解放に、黒沢は空蝉(うつせみ)にされた境地に震え、血の引き潮に呑まれ崩折れた。
(...ッ、だめだ。まずい、――)
オーバーフローが彼を襲う。荒ぶる御魂の上昇に唯人の精神は耐えられない。与えられた力は器の限界など省みなかった。千の刃が逆巻く。疾風に殺がれて首筋が粟立つ。肺が灼かれ息が詰まる。
(制御できない。潰される。できない。俺は狂う。くるう。)――幾千年と紡がれた皇国の幽明より、動乱のイメージが集中する。陰のカミ・陽のカミが交わす 剣戟、血と穢が渦巻く産土の幻視。月読命が意識を通り抜けながら置き去りにした、血濡れの神代が恐怖を掻きたてる。彼は怯える己れに爪を突き、捻じ破ろう と足掻いた。死に物狂いの抗いは怖れを超え、破邪の光に夜陰の雲が祓われた。

隙間視えた神の貌は黒沢の
(ひそみ)に倣ならい、眉間を寄せた鉄壁なる白金をかぶっていた。袖振りさばき、腕収めた月読命の手甲が緩やかにその仮面に触れる。半月の内より表れた真実の顔が朗らかに笑った。

「―――ッが!」 爪は彼のこめかみの皮膚を破り血が伝った。ギリギリと力の限り噛み潰した奥歯から、やがてピシリと鋭い破砕音が響いた。

それが機となり、解放に満足した力の存在は唐突に失せた。――気配の余韻さえ残さず、そのカミは消えた。

脱力と共に激しい頭痛に襲われ、
(どう)
と膝をついた黒沢の周りで、血風に塗れた敵の腕や肉塊がボタボタと地面に落ちた。

「は、はあッ ハアッ ああッ ぐ...は、」

取り巻く世界の全てが螺旋を描いて混濁し、黒沢は前のめりに倒れた。

気を喪った彼の上を、巨大な黒雲にさえぎられた月の影が蠢き隠していった。



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