Persona3小説 DEATH-BIRTH MACHINE. I 忍者ブログ

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DEATH-BIRTH MACHINE. I

僕らは皆、死ぬ為に産まれる。

始まりの記憶は“死”の瞬間だった。
大いなる爆発のあと、ただ一つ在った天の身体は、ちりぢりに拡散していった。
衝撃が創り出した光と闇が出現させた、どこにもなかったはずの地平。
“記憶”は力強さに惹かれ、誰かの小宇宙を突き抜け墜落した。

吹き飛ばされた塵がねじれた時空に広々と座した時、
大宇宙のすべては――孤独な星々の海になった。



久しぶりの彼の部屋は、ドアを開ける直前に思い浮かべた情景に違わず、監獄のように冷え冷えとしていた。月明かりを照明に浮かび上がるものを眺めても、数ヶ月前の状態と比べて何の変化も無いようにみえる。いつか友人が招いてくれた部屋の、足の踏み場も無い陽気さを奇妙に思った。同じ建物にある部屋で、こうも違うとは。

...けれど自分の部屋も、ここと似たようにガランとしていた気がする。
皮肉な一致が、唇を僅かに笑ませた。

彼と過ごした今年の春から今までの様々な想いに囚われ、しばらく動けずにいた。彼の内に横たわる廃墟と同様に変化をみせていない場所は、それほどまでに虚ろだった。
ぼくは深く、ため息をついた。
中へ数歩だけ踏み出す。そして階段をのぼる気配に耳を澄ませた。

やがて、引き摺るような特徴を持つ静かな足音が近づき、カチャリと背後で音がした。

「 やぁ。
ずっと待っていたよ、この日が来るのをさ...」

――振り向きざまに殴り倒した。どこに当たったのかは分からない。たぶん首か頬だ。どんな表情になったのだろう。溜飲の下がる瞬間を、完全には満たせなかったのが残念だ。
殴った相手は洗面台に大きく激しくぶつかり、潰れた声をあげて顔から床に沈んだ。海老のように丸まり、うめく身体。すぐさま、散らばった暗い髪の束を足で押さえつける。そうして首の上にも、もう片方を刑具のようにかける。彼は本当に僕を殺しかねない戦士だから、機会を得るとしたらこんな風に不意をつくしかなかった。

「ぐっあ...な、何すんッだよ、やめろっ! ッあ゛、」

両手に足首を掴まれた。爪を割らんばかりに力を込めて引き剥がそうとしている。黒いものがこみあげて、なおさら儚い肉体を骨の音が立つほど踏みにじった。分厚く降り積もった彼への、怨みの重さは、こんなもので晴れはしないけれど。
手足が虚しく空を足掻くさまを見下ろす。心持ち愉快な気分で、時空を侵すブレスを集中させた。部屋の空気は容易く怯え、僕の要求に応えて瞼を閉じた。これでもう、彼の仲間が、ここで起きる事を察する手立てはない。これから何をするつもりなのか、意図に気づかれる前に腕を伸ばした。目的の物は無造作にベルトに挟まれている。彼らしい、ぞんざいな傾きのままだ。ニュクスの物質的な欠片の入った銃を素早く引き抜いて、部屋のいちばん遠い隅に投げ捨てた。

それを眼で追った彼の顔色が呆然としたものに変わった。殺されるために来たはずの僕が、部屋に入るなりした行為の連続が、予想の真逆だったせいだろう。


「何の、真似だ...これ、」

「...君は僕をお手軽に
()すことはできない。
その筋書き通り、セッティングしただけだよ 」

起き上がろうとして髪を
(ひし)がれ、(ちぎれる、)とゆがむ顔。咽喉をつぶされた彼がみせる苦痛の逐一に、痺れるような快感を味わう。女に直接舐められたみたいに強く逆立つ快感だ。醜さの無い顔を汚すために吐き捨ててやりたいくらい、歯軋る口じゅうに熱さが増した。「フフ、」ついでに耳を潰す。
「痛ぁ、っあ、」
引き攣れた声の甘味に、首の後ろが蝕まれて奮えた。瞬時に同じ耳のあたりが灼けつく。こんなにも憎い相手なのに、さすがに十年ものあいだ閉じ込められていた檻は、僕とわずかに同期していた。半身である筈の彼はわめきながら脚を振り上げて落とし、ジャケットをくしゃくしゃにして身をよじらせた。そんな情態にすっかり優越を高められ、鼓動らしき感覚が危うく止まりかけた。吐く息が震えて下肢が熱く疼く。鮮やかに性的な感覚だった。それで自分が何をしたいのかが分かった。

「最後くらい、自分に正直になってみたくてね 」
ゆっくりと告げて微笑んだ。おそらく邪悪な印象になっていたのだろう。アドバンテージを奪られて混乱していた表情は、次第に硬くなっていった。なにをどうしようと僕が動かないつもりなのを知ったのか、彼は再び床に投げ出した頭を、無念そうに靴に寄せた。血のこびりついた唇が変色した皮膚を割って開かれるのが美しい。
「っなんだよ一体、...俺が、何した、」
不安定で煩い息つぎを繰り返した。僕は問いには答えなかった。「どけろよっ、何かあるんなら、言えばいいだろ、」 力で敵わない悔しさに、濡れた瞳でこちらを見つめる...見つめ合っているうちに相手は、徐々に期待通りの怯えに移ろい、救いを欲しはじめた。
きみが見せた色に、僕の身体は、火照るように熱くなる。
命に
(なら)った胸が高鳴る。

「それを君が言うのか。 その口で。
ぼくが何を話しかけても耳を塞ぎ、叩き落してきた人が 」

声に悦びが混じるのを、抑えられない。

こうなるまで決して僕を
(かえり)みなかった彼が。
まるで誰もいないみたいに、肩にかけた手さえ無視してきた、彼が。

――やっと、視線を僕から離さずにいてくれる。たとえそれが恐怖や嫌悪でも、焦がれ続けていた灰色の瞳に、こうまでじっと見つめられるのはとても気持ちが良い。自分で自分を抱きしめたい位に。
初めて味わう真剣な眼差しは、痛みを覚えるほど背筋を緊張させた。そんな自分を嘲り、唇がゆがむのを止められない。自分の中に、未だ彼に対する未練があるのは分かっていた。けれどいま、それを敗北とは感じてやらない。冷静を欲動の餌食にしながらも、理性の支配下で彼を蹂躙するためには、少しでも慕情が必要だ。

それが無ければ、たぶん僕は、あの姿・・・になれないのだから。

弱くとも、絆が在ると信じていれば壊せる。無いものを壊せはしない。底にこびりついて残る、滓のような彼への執着に邪魔されなくてはその気になれない。だから僕は、かつての恋人たちに囁いたように、なるたけ優しく言い聞かせてやることにした。誰にでも捧げていた、ひとときの泡のように価値の無い、一方的な優しさだ。

「一度くらい、ちゃんと呼んでごらんよ...僕の名前。
知らない訳じゃ、ないんだろ? 」

頬を撫でる、そして傷に触れた。皮膚を通して知った彼は柔らかくて温かかった。
(それでも、)
この唇は今まで、一度も名前を呼んではくれなかった。他の人間には与えられる恩恵が、僕にはただの一度も下されなかった。
(きみは最初から、毛ほどにも僕に関心を払わなかった。一度だって、)

その結果が“これ”だという事に、気づいているのかいないのか...それが知りたい。
口の端で乾き始めた血を舐めた彼は、その味にかすかな怒りを眉間に浮かべた。「...望月、だろ、」 いかにも渋々吐き捨てる。「他のは覚えてないね。どうでもいいし」
頑なに響いた言葉と態度に、心はなす術も無く闇に傾いていった。吐息にもなれなかった空白が咽喉でぎりぎり膨らむ。
今さら気持を口に出して訴える気になどなれない。
冷えた
失望(プライド)が疼いて、苦しみがこみあげる。勝手に植えつけられた、“人の心”とやらのどこかが痛みだしてきた。痛い。胸をさすりながら顔をあげ、部屋を見渡した。
「この部屋で二人で話すの、...何ヶ月ぶりかな。

もっとも、あの頃はこの姿じゃなかったし、
...名前も違ってた。
きみは、わけもなく僕を見下していたよね...いつも、」

『出て行け。』
彼が僕に与えた、最初の言葉だ。

『どうでもいい。』
『変えられない。』
『なにもない。』
『別に。』
せめて永遠の時間をかけて分かり合いたかったと惜しんだ僕の嘆きさえ、『永遠なんて無い』のだと突き放した。

「僕は、許すのにうんざりしたんだ 」

「訳わかんない。頭おかしいんじゃないのか 」 声を出すのも面倒くさそうにそむけられた無自覚な横顔に僕も小さくつぶやいた。

「だろうね。わかる必要は、もう無いよ。

ただ、僕の本能に耐えてくれればいい。
...たぶん、とても痛くて嫌だろうけど 」

片手でシャツの咽喉もとを掴んで、引いた。

「ふ ざけんな、」

死に物狂いで暴れる頭を鷲づかみにしたら、豊かな髪の根に溜まっていた熱が指先を心地よく包んだ。幾筋か引き千切れるのも構わずに、そのまま眼の前まで身体をもちあげてみる。たいした事じゃないのに、彼は頭を押さえて耳に障る大声を出した。蒼白だった顔色が歪んで目覚しく赤らんでいる。
「――きみのことは、好きだったよ。
でも自分を守るために、心の壁にガラスの破片を立てすぎたね。それで傷つく者の気持ちを考えたことは? 」
「うるさッ...! やめろっ畜生、――ツあ、あッ 」
暴れた腕が顔に当たり、鉤爪のかたちに曲げられた指が目元を
(えぐ)った。血の色に焦げつく。「その意気だ。死ぬ気になってくれなきゃ、お互い様だと思えないからね、」 この身体が人の物では無いと自覚したその時から、感じないと思えば痛みなど感じない。でも最後の最後まで五感を切断するつもりはなかった。もう脳にあたる箇所は何重もの悪寒にうぞめいている。時計など見なくても、ニュクスの侵食する時間が近づいているのが分かる。
その瞬間までに済ませなければ、「まずは心を伝えたい。人間として 」必要なことを。
皮膚が引っ張られて目尻から生理的に誘い出された涙が伝う頬に、息が触れるほど顔を近づけた。
心の冷たさとは裏腹な温かな臭い。
人というだけで、これほど慕わしいものを、持てるというのに、――

「いままできみの傲慢には、イヤと言うほど傷つけられたよ。
おかげでこうして、悔悛に涙を流すまで滅茶苦茶にしてやりたいと願うようになった。こんな自分が、可笑しくて悲しくてたまらないってこと...今日こそはぶちまけて、泣いてみたかったんだ。それなのに、」掴み上げている顔は眉間にきつい皺が寄り、絞り出されているのは罵倒らしかった。
僕にとっては大事な瞬間だった。でもこの人に分かってもらうには、こんな一年足らずでは尺が足りな過ぎる。(永遠だったら良かった。) まだ幻想を捨てきれないでいる。僕は馬鹿だ、ほんとうに。
髪を指から引き抜こうと苦心しながら、食いしばった歯の間から荒い息だけを吐き続けている、僕はそんな白痴の獣のたてがみを握りしめたまま、痛みに開いた唇に噛みついた。舌を入れて彼の水分を舐めてみた。かつての自分がうずくまっていた羊水代わりの脳漿に似た、懐かしい匂いがする。濁った水音を洩らした彼は、入れた舌に齧りついた。互いに傷つけるために歯を立てる。離さないのはどちらもだ。激しい息、舌を刺す甘辛い味が深く侵入を果たせと急かす。洗面台に乗り上げ、手酷い傷を与えながら鏡と自分との間で彼を押しつぶした。衝撃に咳き込んだ苦しみさえも塞いだ。悲鳴なんか許さない。窒息にびくついている身体を探った。髪を吊り上げた手はそのままに、もう片方で腰の邪魔な諸々を外す。指に触れている伸ばされた腹筋が苦しそうに奮えてへこんだ。(う、あっ、何して、)金属の音が錠の響きで聞こえ、前を開かれたことを知ったのか、ぶつ切りの声をあげて膝を蹴り上げた。それを全て受けながら、僕は下着の中に手を入れた。滑らかな下腹の皮膚は温かく、裏腹な自分の指先の冷たさが面白かった。柔らかな器官を逆手に掴む。

辱めるよりも、ただ知りたかった。彼の
真実(ファルロス)が僕に何を教えてくれるのか。
(ふぁ、ッう、)合わせたままの口の狭間で、驚愕の混じる息を衝いた。それを咽喉をならして咬みあう。引っ張り出したモノの根本をこじるように刺激した。掴まれて大きく動けなくなった身体は白い陶器にはまり込み、背後は鏡に阻まれて退くことも出来ずに横へ傾いだ。 

それを肩で阻んだとき、笑いが洩れた。こんなに簡単なら、もっと早くにするべきだった。足の間に身体を入れる。指をこすりあわせて、湿った皮と肉の奥にある芯へ刺激を送り続けた。(っあ、ああ、厭、)歯が衝突する。もう二人とも溢れてずぶ濡れで、ぬらついた顎の皮膚の境さえ分からない。

表に張り巡らされた有棘鉄線を強引に断ち切れば、奥に開いた内側は柔らかで熱く、気持ちの良いざらつきが濡れていた。女の中身と同じなんだと分かって、内壁に触れた舌先で歯の裏を撫でながら、ゆっくりと性器の付け根を揉みこんだ。胸や手を押したり引っ掻いていた彼の、唇から零れる音が、雌の啼き声に似てひくひくとした浅い呼吸に変わっていく。心が溶ける様な独唱だ。
(あッ は、あぁ、 ...きっ、気持悪い、よ、止せ、)
(ぼくは気持ちイイけど?)
確かな声にならない細切れの言葉。接している部分から僕の底へ流れていく。身体じゅうに散らばる欲情が一点へ募り、深く沈める場所を探してかたく擬態した。
「きみが女だったら良かったのにね...きっと夢中だ 」
人の身体は繋がりたいと泣き喚く。実を結ぶものが無くてさえ。僕は体の訴えを退けて眼を閉じたまま、彼をこじあけ暴くために、刺すべき弱みを探し続けた。接し合う身体は何度かぎくりと動き、僕のが交じり合った体液を、壊れたように啜りあげた。不本意なのだろう、えづいている。僕はそれを受け止めて飲んだ。咽喉を伝い落ちているものは、得ようとしても得られなかった、彼の関心以上の代物だった。長い間ほうっておかれたこの凄まじい餓えをどうぶつけたらいい。大きく開いて更に奥深く合わせ、フラついてる舌も吸いだしてきつく食んだら、握りしめた髪が、猛烈に嫌がって振られた。首に引かれてギリギリと指の間を切りながら滑る。性器に添えていた指の腹が、裏側でズキズキと脈うつひと筋の血管をみつけた。そこを鋭く圧して悪戯してやると、胸にしがみついた。さらにしこりを絞れば、汗みずくになって喘いだ。高い声だった。

「...そんな声も出すんだ、」 ぼくの気でもひきたいみたいに。耳に届いた瞬間、中心を掴まれて揺さぶられたほど艶めいた声。強烈な魔力に驚いたので、唇を離して唾を呑みこみ、訊いてみた。「ねえ本当は、僕が好きなの?」手触りのよい先端に爪先を当てて、先割れの中をこじってみた。高まっている時にこうされると、まるで禁域を犯されるみたいに僕は乱れたから。
「あっ うあッ
...く、っもお放せよ、望みどおり殺してやるから! 」
「好きなの? 」 響きにしびれた。声に扱かれたみたいに。イってしまいそうなのは、自分の方かもしれない。欲しがって涎を垂らす怪物が彼を求め、中心で黒く身震いをしている。眼を閉じる。熱くかきならす。痛いほどしがみついてくれる。まだ人を形作ったままの身体のあちこちで、肌と同じ温度の汗が伝った。
もうすぐ夢は崩れ、壊れてしまう。
...振り向いてもらうために人になり、願いが叶わなかった為に全てを失う刻限が来る。
時は、待たない。
握りこんだ熱さを根元で縛りつけ、先端まで惹きつけた。手のひらを押しのけるようにぐんと大きくなる。彼は息をとめ、喉を伸ばして身震いをした。「あっあっ、もちづ...」
(何でもいい、ぼくを引き止めて、)
火傷しそうな互いの吐息がぶつかった。バケモノ、となじる声がした。そうだよ、と答える。衣服の胸を破かれそうに掴まれてる。両足にきつく背を抱きしめられる。犯す処などない同性の身体だけれど、彼の快さは僕自身につぶさに伝わる。人間じゃないからだ、こんなことは。手の内の鼓動がもがいて、先へと熱流が蠢いた。きつく閉じられた瞼が痙攣するのを見た。とうとう答えを出すしかなくなった彼の背は揺れた。(...ッひ、う、)歯を食いしばったまま、びくびくしながら吐いていく、この手の中に。指を熱く濡らすほとばしりを包んで受けてやった。

「僕は、きみに汚されたニュクスの記憶だよ。きみの言う通り、バケモノだ 」 重く温かい雫を指の間に和えたまま、ぬるぬると引き寄せ、離した。
大きく肩で息をついている彼の後ろへ腕を伸ばす。
排水溝めがけて手を振った。蛇口をひらいて冷たい水流に手を浸し、残りの不完全な命を洗い流した。僕のように、それだけでは生き物とは呼べない同類への、情け知らずな葬送のために。

深呼吸の音が聴こえた。
肩を戻して彼を見たのと、頬を殴られたのは同時だった。

「っなんで、こんな事...」
シャドウの癖に。つぶやきを歯の内側で軋らせた彼は睨みつけた。薄暗い光でも、怒りがどれほどのものかはわかる。彼が感じること、思うことは糸のように存在全てに絡んでいるのだから。僕から眼を離さないまま素肌を隠した彼は、拳で胸を押し退けた。
その手は、咽喉奥に眠る、よくわからない衝動も押した。気がついた時には手首を捕らえていた。
「...もしぼくが、」(人間だったら、きみは、)
飛び出した言葉は、胸に迫った何かに塞き止められて途絶えた。
本当の僕なんかこの姿のどこにもいない。影は、(きみが心に描いてくれなければ、) どんな顔も持てはしない。
きみという光がなければ、形さえもてない。
消されれば、記憶にも留まれない(虚構...)。
鐘を鳴らして用済みになった。僕の
現在(いま)には意味がない。傷つけてまで手に入れたかった望みが叶わないのは、当然だ。

「解らないだろうね、」 彼が僕を見ているのに。人のようにゆがんでいく頬は、哀しみのほかは何も確かな実感をくれようとはしなかった。彼から感じるものも憎悪ではなく、災難に遭遇したような嫌悪だ。それなのに、僕は何を期待してるのだろう。

「僕がいたのは、この星の生命の底さ。意識の海...
誰にも知られること無く、永い時を眠り続けていた。

突然だったよ、無理やり地上に呼ばれたのは。
(ニュクス)にとっては、“ここから出て行け”という、世界の拒絶だ 」

きみが心底、敵意の刃で僕を否定したなら、
ペルソナなどなくても、この身体は消えたはずなのに。

仮面ではない真実の、きみのむき出しの心を感じて死にたかった。それなのに、――

涸れていく胸に拡がり、散らばる苛烈な痛み。自分自身に殺されてしまいそうになる。薄ら甘い酷さに最期の言葉を呼びかけようとした。彼は大きく眼を見開いたまま、橋の上で見たあの子供の顔になっていた。二人にとって最悪の事が起きた、あの瞬間の。
けれど、いま僕の胸にあるのは、抑えようとしてもつのる悔しいほどの懐かしさだ。

「...はは、変な話をしちゃったね、」
この部屋で、彼の寝顔によくそうしていたように、首筋を引き寄せ額同士を重ねた。呼吸を聴くために目を閉じる。何もかも、

「もう遅いけど、キスして...」

伏せられた唇をすくい、触れた形になぞらえた。
消え去るまでは、覚えていたい。

(......、)

なぜ彼は拒まなかったのだろう。その事を考えた瞬間、締め付けられていた鎖の呪縛は解けた。満たされなかった諦めと解放の歓びに浸り、変わりゆく自分が映る鏡に視線を投げる。

鬱々と唇を噛んだ彼の後ろに広がる、夕凪いろの燐光が眼を染め、禍月の輝きが部屋に満ちた。身体が破片に分かれ少しずつ死んで、指先から数列が流れ落ちる。一つの意味しか持たない幻想の皮膚を芽吹かせていく。
「消えたって許さない...」
一瞬のあいだ時空は、永遠の死が産まれる時を祝福するかのように、柔らかな旋風を部屋中へ贈った。髪が逆巻いて闇の海に消えていく。消える、どこかへ、
「お前なんか、永遠に呪ってやる 」


――僕が、消え、 ...








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