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十一月二十日金曜日。
修学旅行の最終日だ。といっても、東京に帰るだけの単純な行程だった。
気のせいか別れを偲ぶような曇り空の昼間、俺たち月光館学園の旅行生は、京都駅から発進する変わった形の電車に勢ぞろいで乗り込んでいた。こういう最先端っぽい乗り物を見ると、なんとなく五月に遭遇したモノレールのシャドウを思い出して今でも鳥肌が立ってしまう。あの時ブレーキがわかってしかも間に合ったのはまさに偶然で、間一髪としかいいようがない幸運だった。順平はともかく、岳羽や俺がミンチにならなかったのは、本当に幸いだったと思う。そういえばあの夜、車内で象徴化していた乗客の棺を見たとき、ちょっとした誘惑にかられたのを思い出した。
(アレって武器で叩き壊せたりするのかな?)
死んでも構わないような極悪人に巡り会う機会があれば、いつかは試してみたい、ひそかな俺の野望だ。
座席の振り分けは、最後尾の車両がF組で、前方に女子、後方に男子だった。最前列の車両じゃなくてほっとした。大また開きの女形シャドウの幻なんか見たくない。あれ以来、俺はモノレールとか電車の運転席を見るたびにあのスケベなカッコのシャドウがフラッシュバックして、前かがみになってしまうのだ。よっぽど酷いトラウマになってるらしい。
というわけで、さっさと一番奥の空いている席に向かって、荷物を上の棚に乗せ、窓際に腰を下ろした。風景と名のつくものは自然の風光明媚も人工の名所名跡も、京都でおなかいっぱいになるまで見倒してきたので、帰りは睡眠タイム、というのが自分の中での決定事項だった。
十代の男というのはとにかく眠いものらしく、ご多聞に漏れず、俺も覚醒と睡眠の区別がつかなくなるほどに昼間は眠い。プレイヤーで音楽をガンガンかけて鼓膜を殴っていないと、目を開けて起きたまま道を歩けないくらいだから相当だ。この分では皆の陰口のとおりにちかぢか補聴器のお世話になってしまうかもしれない。怖ろしい話だと思う。
旅行中はせっかく深夜のタルタロス漁りから解放されたと思っていたのに、代わりに待ち受けていたのは夜を徹しての猥談大会で、しかも俺は完全に聞き役だった。みんながあんなにタフな色情狂とは知らなかった。疲れマラという言葉があるとか、エロDVDにそんなに複雑かつ多岐にわたる種類があるとか、それ観て毎晩三発はオナるとか、なくても五発はいけるとか、前立腺オナニーとか尿道オナニーだとか、詳しいやりかたとか………主に喋っていたのは順平と友近だけど、あいつらはホントにダメコンビだと思う。ダメじゃ済まされないほどの劣等人種だ。悔しいから思うのではない。断じて俺は悔しいわけじゃない。いままで複雑怪奇で超絶快感を味わえるオナテクを知らなかったからといって、一ヶ月に二回くらい特筆するほどのオカズも無しにちょろっと出して、それで満足していたからといって、別にそんなのは何の損失でも損害でも無いと思う。人生にとって。
ただ俺が無性にムカついたのは、順平の奴の、あの余計な一言だった。
『口で説明したってわかんねーよな、やった事無い奴には 』
二日前の苦々しい記憶に心底溜息をついて眠ろうとしたとき、「彰、ここ、いいかい? 」という甘ったるい声が頭上から聴こえてきた。見上げると、帰国子女の転校生がニコニコ見下ろして立っている。
望月綾時というちょっとすかした名前の野郎だ。つい名前の呼び方を忘れて「あやとき」と呼びそうになるので、覚えるためにあえて普段は「りょうじ」と呼んでやっている。外人ならジョージとかマイケルとか分かりやすい名前にすればいいのに、なんだかこれじゃあ天使と書いてエンゼルと呼ばせる暴走族夫婦の子供みたいだなという気がしないでもないが。奴の両親は名付けるときに一体なにを考えていたのだろう。どうでもいいけど気になる疑問のひとつだ。
人間の第一印象は五十七秒で決まるという。望月が転校してきて一分以内に思ったのは、(ちょっと前まで見ていたあの幻覚に似てる)と(なにあのずるっとした変なマフラー)と(あんな恥ずかしい甘えんぼ丸出しの自己紹介、顔色も変えずにできるなんて只者じゃない)の三点だった。
要するに、総合得点でちょっぴりマイナスだったのだが、後にこれは凄まじいナンパ術と擦り寄りテクを目の当たりにしたせいか、畏れいってプラスに転じることになった。もしも彼がペルソナ使いだったら、さぞかしイゴールに手放しで絶賛されると思う。なにしろコミュランク上げには一生苦労しなさそうな、羨ましいほど人懐っこい性格だからだ。とても俺にはできない真似だ。ただし、アイギスという例外を除けばの話だけど。
(いったい何があそこまでダメなんだ……
……前世の因縁? いや、アイギスにあったらおかしいだろ前世。)
まあどうせ寝るんだし、隣は別にダメ野郎でも誰でも…と思い、ふと通路の向かいの二人掛けを見やれば、窓際の席では、友近が旅館の土産物らしい包みをさっさと開けて食い始めていた。叶先生との一件があった以前から思っていたが、やはり奴の気の早さはフツーじゃなさそうだ。はがくれではラーメンを注文した瞬間に割り箸を割って、コショウの缶を握りながらノロケ話を熱弁し始めるやつだしな。あれじゃコッチはくしゃみが出てしょうがないんだが。順平は順平で最近は望月に背後霊みたいにくっついてナンパのおこぼれに預かろうと汲々としてるし、やっぱりこいつらはロクなもんじゃない。
俺よりオナニーの何たるかを把握してるからって、なんの自慢にもならないんだぞ。なってたまるものか。
「どうぞ 」
とりあえず望月にそう応えた俺は、今度こそ本当に目を閉じたのだった。
◆
「…クチュ、チャプ、」
変な感触がする。驚いて眼を覚ました。
異常なくらいの近さで、―――大きな飴玉を舐めてるみたいな、妙な音がしている。
眠い瞼は上下に剥がれたものの、視界に映った像の意味がわからなかった。白い壁…みたいなのがある。生温かく湿っている、きれぎれの、息の音?……それが意識を、ざわめかせながらも頭に戻した。なにか異常なことが起きている。
それも、自分の口の中でだ。
誰かの唇に覆われ、自分のじゃない舌、何者かの舌に、口の中を這うみたいに探られてる。
(っ、だれ… )
気づいた瞬間びくっと跳ねた背、胸を、そいつの腕と身体に押さえ付けられた。頭は、このわけのわからない状況を、暴れるなり声を上げるなりして打開しろと命令している。けれど実際は、送りこまれては体の芯に散らばる刺激に神経が支配され、咽喉はちっとも叫んではくれなかった。
「あッぅ……っんン、」
ざらついた舌の表に、歯の裏の敏感な粘膜をこすられた。意識が消し飛びそうな生々しい感触にうめく。背中の毛が全部逆立つ強引な悪寒に、呼吸が耐えてくれない。押し当てられている唇が、微笑の形になった。
「…はぁ、は…っ、」
胸をおさえていた手が、脇腹へその下へと妖しい指づかいで撫でながら移動していく。頭を動かして逃れようとしたのに動かない。何事かと思えば、髪をゴッソリ根こそぎ掴まれてる。右足に、絡むような重さが加わった。腕か脚…たぶん脚に引っ掛けられて、ぐいっと開かれる。何を考えるまもなく反射的に顔が蒼ざめた。それから、ある事に思い至る。この口内を舐めまわされていた刺激のせいで、パンツの中が窮屈なほど、俺は硬くなってしまっていた。そういえばここ二週間くらい抜いていないし、相当溜まってるはず。きっと疲れマラとかいうやつも原因だろう。そのせいだ。
ヤバイと思って、焦って押し退けようとしたけれど敵わなかった。力が強いというより、異常なくらい不動。京都でも見た不動明王と呼びたいほど、何をしても全く相手が動かない。
仕方なく、その手でなんとか股間が見えないように護った。完全に意識は冴えたのに、混乱の渦中に放り込まれて、体は恐怖めいた予感に硬直していく。
いったい誰がこんなことを、と目を動かした。
見えている色……「白」+「青」+「黒」+「黄色」…と、+「眠る前の状況」が結びつき、頭に答えがイコールではじき出された。
たしか、隣の席は―――
「っも、りょうじ…っ、」
開けっ放しでいたブレザーとワイシャツの隙間に這入った指、望月の、あの長い指に、布地の上から左の乳首を抓まれた。「…ぁうッ」
少し転がされただけで、そこは痛いほど尖ってしまう。くすぐったさをもてあそばれてる強烈な感覚が、神経を伝い這って、肢の間を疼かせてしまう。勝手に背筋がよじれ、身体が反応して突っ張った。
「うっ…はぅッん、」
潰されて、疼痛がズキンと痺れた。洩れた声を、吸い付いてる口がきつくせきとめていく。おかげで、鼻から抜けてAV女優の喘ぎみたいな吐息に変わってしまった。カッと血が頬に昇る。
(な、にしてんだ! 放せっ)
くぐもる息が舌の根で絡んだ。「…男の子でも、そんな色っぽい声、でるんだね 」鼻がつぶれるくらい顔を押し付けられ、窒息しそうになって、意識が白濁していく。(くる、し、… )
必死に、胸を揉んではまさぐる望月の手首をつかみ、引き剥がし、可能な限り静かに、ジタバタもがいた。奴は興奮した響きを押し殺して、怖い吐息を強要するみたいに吹き込んでくる。歯に唇を切りつけられても構わずに首を振った。執拗に追いすがってきた舌が、俺の舌の裏を占領した。抜けそうに吸われ、恐ろしさに肩が竦みあがる。
(やめっ、…やめろって! )
すると望月は、感じたくもない優しさを思わせる手つきで俺の頬を包んで撫で回した。
ゆっくりと舌が引きずり出される気持ち悪さに首を縮めて震えていると、ちゅぽんという音がしてやっと唇が離れた。肺が、相手の吐息交じりじゃない乾いた酸素を求めて限界まで膨らんだ。
「ッはぁア、…はッ、…はあっ、」
「クス。可愛い口ぽかんと開けて寝てるからだよ。
…塞ぎたくなっちゃうだろ? 」
「どっ、はあっ……どーいう理屈だよ、それ、」
熱い息が髪の中を這った。耳が、首筋が痺れたみたいにそそけだつ。反射的に肩でガードして狩られそうな雰囲気を防いだ。ところがそれで背が浮いたところに、奴の左腕が這入りこんだ。もうほんとに突き飛ばして立ち上がろうと手すりを握れば、ガードがなくなった股間を右手に襲われた。張ったところを下から上へ、爪で強く引っかかれて、たまらず口を押さえた。
「ぅあ、う、…っ、」
鈍い快感が微弱電流みたいに走り、先が濡れてしまったのを感じる。
脳だけは完全に血が引いて、恐る恐る隣を横目で見た。
血の気のない頬、窓外の空を映して青灰に白んだ眼が、普段よりも淫らっぽい微笑みでこちらを見つめている。自戒や自責や、後悔の痕跡がないかと表情を覗ったけれど、なんだかやたら嬉しそうだということしか分からなかった。
要するに、こんな事をしでかしておいて、なんにも反省の色が無い。
「なんの、真似……、」
「……退屈しのぎかな。
順平も寝ちゃってさー、つまんないよ~……何時間も 」
声を出さずに訊ねれば、耳にキスするみたいに甘え声で囁いてくる。何で俺が、こんな目に合わされないといけないんだろう。順平、と言われてそっちを見てみると、たしかに友近と並んで眠っているみたいだった。帽子のつばを深く下ろして、座席にだらしなく沈んでいる。
同じように、車内の、殆どの男共は眠っているらしい。前の方に固まっている女子の喋り声だけが聴こえていた。窓の外は、どこかの町の甍の波。とくに眺めて楽しい光景ではない。
しかし、だからといってこれはない。あってはならないことだと思う。
こんな、修学旅行の帰りの電車の中で居眠りするのなんか、罪でもなんでもない普通の事のはずだ。帰宅ラッシュのサラリーマンなんか、立ったままでも寝てるじゃないか。それなのに退屈になっただけの隣の奴に寝込みを襲われ、女ともしたことないようなキスの体験を強引に奪われて、乳首がぴんぴんになるまで揉まれて、更にチンコまでもてあそばれるとか、正常な出来事とはいえない。常軌を逸してる。
これが世界の常識だというなら、俺は、とりあえず自分から挙手して、まっすぐ精神病院に入らなくてはいけない。
「……俺は、きみの玩具じゃない。
放してくれ。 …退屈だからってしていいことと悪い事があるんだ 」
顎に垂れていた唾液に気づいて手の甲でぬぐい、なるべくつとめて冷静に声を潜めた。呆れたことだが、なにしろ望月はまだシッカと俺の股間を握りっぱなしでいるのだ。こんだけがっちり急所を握られていては、誰だって俺のように相手を真剣になだめすかしながら狼狽するしかないだろう。
「フフ、それは冗談だよ。
ホントの理由、知りたいかい? 」
端的に言えばいつも無邪気につくりあげたような綺麗なお顔を、相手は僕の頬にすり寄せてきた。
なんだろ……この奇妙な違和感。こいつってこんな奴だったっけか? もっとこう、女と順平しか眼中に無いような、つまり、話しかければ短く応えはしてくれたけど、今までどちらかというと俺のことを避けていた……そんな印象が、あったのに。
「…ああ 」と言ったときの俺の頭には、今まで培ってきた事実と現在の状況との解離に対する疑問でいっぱいになっていた。
面白おかしそうな響きの笑いを忍ばせて、望月は肩にもたれかかった。やっぱり玩具みたいに俺のチンコをいじくっている。というか、先っぽコスルな! また慌てて口を押さえた。心臓がバットで殴られてるみたいに打ちすぎて痛い。自分のただならぬ動悸にショックを受けて死にそうになる。こんな状況、十七年の人生で初めてだ。どうしたらいいんだろう、先が怖くてなんにも想像できない。
「きみにね、どうしても触ってみたかったんだ……
…なんだか寝顔を見てたら、切羽詰るくらいそそられちゃってさ 」
なんの解決の糸口にもならない理由が囁かれ、はて?と考え込んでいるうちに背側にまわされてる腕が動き、完全に抱え込まれた。更に俺のわき腹を越えて、シャツのボタンを外そうとしている。「何してんだよ、」とんでもないオイタをする悪い手だ。当然、前をつかんで抵抗した。両手でかき合わせたら、その代わり、望月の右手はズボンのファスナーをあっさり一番下まで引きおろした。こちらを立てればあちらが立たずとはこのことだろうか。おまけに、急に解放されてトランクス越しの俺が隙間から飛び出してしまった。もう泣きそうに慌てて隠そうとしたけど、間髪いれずに手を入れてきた望月にしっかりと握られてしまった。
「ぎゃ、ちょ、やめてっ…もお冗談きついって! 」
「誰だって頭撫でたくなっちゃうよ。
びんびんに勃って首伸ばしてるじゃないか。……可愛いな、彰のココ 」
「ひ、人のアソコを亀みたいに言ってんじゃ…… 」
(…んん? 合ってる? このタトエ、)ひょっとして望月の言い分が正しいのかも、と納得しかけて首を捻った。だって本当に可愛がるみたいに親指でくるくる撫でている。硬くなったアタマをゆっくりいいこいいこしてるのだ。見てる分には微笑ましいけど、でもそれが俺の体では困った欲求に繋がってしまうから厄介なわけで、切なくってたまらなくってお尻がもじもじしてくる。「……っ、うぅ、も、そんなしたら出ちゃう よ、おっ」望月の手首を両手で握って、お願いだから放してくれって揺さぶった。そうしたらますます俺のアソコが望月の手の中でズキズキしてきてしまう、ああダメだこれ、これどうしたらいいんだよ。目がウルウルして、見えてる物がなんだかよくわからなくなってきたじゃないか。
思い出して欲しい、俺はこの二週間、自分で抜くのを忘れていたということを。前は定期的に妙な子供がでてきて、「そろそろぱっつんぱっつんで辛いから出そうね。」って教えてくれて「寝ころんでていいよ。僕が出してあげるね。」って気持ちいいことしてくれたから、ずっとそれにお任せしていれば何事も安心だったのだ。なぜかいつもそれが影時間だったので俺は腰が抜けるというより木っ端微塵に砕けて三倍くらいぐったりしてしまい、ひと月に二回でも充分すぎる刺激を頂戴していたのだった。それなのに! 忘れもしない今月四日の朝、俺にすこぶる都合の良かったそのイヤらしい幻覚は、あろうことか鳥がチュンチュン鳴く朝立ちビンビンな早朝に目の前に現れ、期待をこめてパンツを下ろした俺に超絶テクニックの全てをふるったあげく、「ごめん、本当の役目を思い出しちゃったから、辛いけどこれで最後になるかもしれない。」とか哀しそうにほざいて、それっきり出てこなくなってしまったのだ。俺を置いて、どこかへ文字通り消えうせてしまったのだ。この身体をさんざん開発しておいてこの仕打ち、あっていいものだろうか。いや、絶対によくない。どうしてファルロスは、代打の幻覚を置いていってくれなかったのだろう。つくづく切なくって恋しくて、胸がしくしくしてしまう。
「…はあっ、は…っ、ふぁるぅ、ア…ぅッ、」というか、望月のこの触り方の感じって、なんだかあの子供に似てる気がする――?
――なんて馬鹿な連想をしてしまったんだ。ムダに鼓動が焦ってしまってどうしようもなくなっちゃったじゃないか。
イキそうなのを噛み殺して震えていると、望月は組んでいた脚を解いて、片方を乗せてきた。何事かと思ったら、もっと俺の脚を開かせようとしてるらしい。なんて足癖のわるい奴だろう。体の全部をつかってがんじがらめにして、これ以上何をするつもりなんだ。器用にも程があるといいたい。じゃなくて、まるで、俺にこんなことを『したい』ようにみえる。考えるのも怖いけど、なんというか……〝性癖″として?
全身が戦慄に襲われて、ぶわっと冷や汗が湧いた。そこはかとなく脳裏で主張を始めた絶対恐怖をこらえて、尋ねてみた。
「まさか、りょ、望月くんって、…バイなの? 」
「……俺も、前から訊きたかったことがあるんだよ…北川彰くん。
君って、本当に男なの? 」
「……みりゃ分かるだろ。
っていうか、いま分かってる最中だろ!? 」
それで思い出して、また望月の手を剥がそうとしたら、つかまれてる俺まで引っ張られて、痛いのと、男らしく最高に気持ち良いのとで涙がでた。
痛いだけじゃないのがものすごく怖ろしい。しかも、握ったまま微妙に揉みしだいて上下にこすってくる。この絶妙な指さばき、体に刻まれた記憶っていうのが疼いてきて辛い。指を離そうと躍起になっていたら、左手が胸に伸びてボタンを外された。ああもう、この人を人とも思わない身勝手な強引さ、猛烈にデジャヴだ。いまにもファルロスの、「さあ……」っていう、フィニッシュのゴーサインが聴こえてきそう。涙目で見上げたら、望月はというと、窓の外を眺めながら何か考え事をしてる顔つきだった。なのに手は手品師みたいに視線とは関係なく動いている。なんなんだ、この超魔術級の両刀使い。
「うーん……
ねね、きみって半陰陽とかそういうこと、ない? サオも穴もあるとか 」
「なに寝言いってんだ!
わ、わけわからんコトほざいたりしたり、いい加減にしろよっ 」
「たしかに、断りも無くやったのは悪かったけどさ。
なんだか君からは、牡の匂いって奴を感じないんだよね。なんでだろ? 」
(知るか!)とわめきたくなった。実際、そうしようと思ったのに、耳から首筋に望月の唇がすすすっと移動したせいで、その感触に体がゾクゾクっと揺れて息が詰まってしまう。また自分で口を押さえるはめになった。シャツのほころんだとこから中に入ってきた指にも肌を撫でられ、どっちを先に防いだらいいのか混乱しているうちに、べちょっと襟足に鼻と濡れた感触がなすりつけられた。
なにをしてるのかと、ちょっとの間じっとしてみたら、ハアハア興奮しながら、俺の匂いをクンクン嗅いでいる。
―――怖い。
こいつって、こんな奴(言葉では言い表せない諸々)だったのか……
本当に、モノホンの筋金入りの両刀なのかもしれない。とすれば、女だけじゃなく俺を含めた男も望月のゾーンで守備範囲内って事だ。
このままじゃ俺、その怖ろしい事実が判明した記念すべき第一号ホームランになってしまう。
名誉でもなんでもない、むしろ不名誉、望月綾時記念館の『落とされた男性部門』に殿堂入りなんかしたくはない。たしかに望月の仕出かしたことで気持ちよくはなっちゃったけど、それとこれとは別のはずだ…よな?
「あ、あの、ヒートアップ中にすいませんけど、俺ちょっと行くとこあるからどいてくれませんか、」
「……どこいくんだい? 」
「うるさいな、どけよ 」
「トイレだろ?
辛いなら、僕に任せて。責任取るから 」
「……なにが任せてだ。
いいから、キチガイ発言くりだしてないで早くどいてくれったら! 」
ちなみにこの、息だけの声でボソボソ押し問答をしてる最中も、ずっと望月は俺を体中を触り続けている。もうこれで一生、電車の中で女の人に痴漢をする気にはなれないだろうと確信した。それどころか、もし現場を見かけでもしたら即座に相手の男をフルボッコに畳んで、ドアから5メートル先に蹴りだすくらいはやってのけるに違いない。頼まれなくても絶対にやってやる。ああ、やってやるとも。
「君だって、まんざらでもなかったじゃないか。
いとも簡単に感じてたよね。……僕のチュウに 」
鼻にかかった掠れがちの甘い声、と形容したらよいのだろうか。すんごく耳穴を嬲ってくる性的な余韻で、無礼な言葉を吐きやがった。冷静に解説してるようだけど、聞いた瞬間に顔がキャンプファイヤーに突っ込まれたみたいに熱くなっていた。ただでさえ望月は得体の知れない外人という人種なのだ。想像もつかないようなこれ以上の秘密というか、俺がどうにかなっちゃう秘技をいっぱい隠し持っていたらどうしよう、いきなり発動してきたらどうしよう。ほんの一部を想像しただけで、歯がカチカチ震えてきて望月側の右半身だけぜんぶ脱毛しそうにわなないた。いまこめかみを伝い落ちた汗は、車内のきつい暖房のせいだけじゃないと思う。
「だ、だから何だよ。自慢か? 自慢なのか? キスが巧いとかそういう 」
「そう? ……ぼく、そんなに巧かった? 」
薄笑う声で咽喉を鳴らし、鼻先で髪をかき分けた望月は、今度は耳たぶを噛んできた。「ひぅ、い…っ」これは、甘噛みってやつだろうか。歯に挟まれてくすぐられたり、耳穴ペロペロされたり、もうケツのもぞもぞが止まらなくて気が狂いそうになる。
「…ねえ、誰もみてないとこでさ……やろうよ、続き。
一人でやるより気持ちいいと思うよ、きっと… 」
そしてまた何か掠れ声……どこかで聴いたような囁きが、忍びよってくる。鼓膜が溶けちゃって、脳みそと混じりあっちゃいそうな極めつけのセクシーボイスだ。「アぅっ……も、やめてくれ、って… 」これが男じゃなかったら。いやもういっそ男でも……などと頭がよろめきまくって、吐きそうなほど気がおかしくなってきた。
「きみって潔癖そうな顔してるよね……
…でも、本当は知りたいんじゃないの?
自分の欲しいもの…真の欲望が、なんなのか。
きみが認めるのを待ってるだけかもよ。…心も、体も 」
(…こ…これは、)どこで聴いたか思い出した。あれだ。あの、ラブホテルのシャドウ。意識が混濁するような、淫靡に快楽主義を誘う声。
(俺、どうやってあれを切り抜けたっ…け…… )
「っちが、……そんなこと、ない 」
「……本心に、耳を傾けてごらん。
いまここに、君を恋しがってる者がいる。
体に触れて、愛の快楽を与えるこの手は、形ある現実だ。
君と是非、分かち合ってみたいよ…
……やっと実感を手に入れた、僕の喜びをね 」
「なに…ヨロコビって、」
「百聞は一見にしかずっていうんでしょ…?
どうでもいいと言いつつ、いつだって知りたいんだろ? ほんとは 」
「か……勝手に、決めるな、… 」
「興味あるようにしか見えなかったけど。
順平たちの話に食い入ってた、ドキドキ顔のきみはね。…フフ 」
「っ、べ、べべべ別に、食い入ってなんか…… 」
「……いまの、すぐに何の話かわかったみたいだな。
やっぱりあの時はきみ、お布団の中で火照っちゃってた? 」
(だって、あんな、俺の知らない世界が… )
額の奥のほうがキリキリしてくる。脳に直接ずぶっと指を突っ込まれてもまれてるみたいに、気持ちいいような気持ち悪いようなカオス的感覚が襲う。くらっときて意識が朦朧としていた間に、両の手首はつかまれて、引っぱられていた。いつのまにか、望月の胸に倒れこんでる。鼻が埋まったマフラーには、なにかの香りが濃くもなく薄くもなく染みついていた。
頭にまとわりつくような、甘い香りだ。
石鹸の残り香に似ている。けれど、もっと……
「…さあ、おいでよ。
もし自分に言い訳が必要だっていうなら、そうだね…… 」
首の後ろに、なにかの熱。望月の吐息が、かかった。
「僕さ……彰に感じてるこの気持ちが〝ラブ″なのか、そうじゃないのか、ちゃんと確かめてみたいんだよね。
はっきりした方がお互いのためじゃないかと思う。
この気遣い、わかってくれると嬉しいんだけどな……
曖昧なまんま僕に狙われ続けたら、きみだって困るだろ? 」
狙われてるのか……俺。――
ふらふらと頭を起こして、何か言おうと口を開けた。けれど、頭の中身が泥かゼリーになっちゃったみたいに言葉にならない。ただ、
(それはホントに困る。)
というのだけは伝えたくて、がくんと頷いた。
すると、夜空に三日月が急に現れたみたいな妖しい微笑みが、ニイっと望月の唇に浮かんで、消えた。
◆
(…途中から、やけにあっさり靡いたなぁ…? )
誰かに「どうした?」って話しかけられたら、「彰の具合がちょっと悪いみたい」とかなんとか、一問一答の言い訳をいろいろ用意して不測の事態に備えていたのに、席を立った僕たち二人に視線を寄越した人は、一人もいやしなかった。みんなぐっすりスヤスヤ眠っている。
なんて好都合な、千載一遇のチャンスだろう。
肩で支えている体は、腰が抜けちゃったみたいにぐらぐらしている。トイレに入る寸前、今は逆方向で無人の運転席を、なぜか彰はぎくっとして見つめ、更にがくがくっとよろめいた。
……まさか本当に、キスとちょっとしたチンコ揉みだけで、こんなメロメロに陥落するとは。なんというか、嬉しい誤算だ。
ぼくとしてはもう何もかも失ってもいい覚悟だったし、もしも押さえられないほど暴れたら鈍器で後頭部をぼかんと殴りつけて、軽く気絶させてでも引きずっていくつもりだったけど。
ホントはいまいち加減がわからないから、彰がぐしゃっと壊れちゃったら困る。そんな悲惨なスタートにならなくてよかったな、と、今では心がちょっぴりホッとしていた。
仕方が無かった。彼は女の子と違って、まともにナンパして交際を申しこめる相手ではない。大体、この旅行の間だってずっと、きっかけができるのではと密かに期待していたのに、殆どいつも誰かの目があってチャンスをものにすることができなかったのだ。
「はっ、…はぁ…っ、…う、綾時、だ、誰かに見られたんじゃ… 」
「大丈夫さ。
ばれても連れションだって言い張ればノープロブレムだよ。…たぶんね 」
(初めは一方的だって、後で合意に達すればいんだよね。
しょせん恋愛なんか、みんなそうだろ?
うん、その通りだよ綾時くん。
そうだよ、ここまで来たら、最後までがんばるんだ! )
滞りなく個室に彰を連れ込めた自分に希望的声援を送り、ぐっと決意も新たに拳を引く。ズボンの後ろポケットから財布を出した僕は、背後から熱い身体を抱きしめてうなじにすりすり頬擦りをし、ふふっと笑った。
◆
「お手々で隠すの、ちょっとやめてみない?
あんまり邪魔だと、縛りたくなっちゃうからさ 」
後ろから掴まれた両の手首が、ここを掴んでろという感じにトイレのタンクにかけられた。のしかかられている自分の格好があんまり屈辱的なので、せめて身体を起こそうとしたら、許さないといいたげにシャツを下へ引っ張られた。ズボンから前の方を引きずり出されたあと、ボタンが外されていく。本能的に守ろうと前にかがんだとたん、望月の手が焦れた動きで素早く突っ込んできて胸をつかまれ、大きくむき出しにされた。
「あ、うあ…っ」
「きみって可愛い体してるよね。スレンダーな女の子みたいだ……丸みは無いけど 」
「う、うるさい 」
溜息の小波が耳をくすぐり抜けて体を熱くする。気味が悪い。なんか言ってるみたいだが、男の俺相手に着眼点がズレまくりだ。遠まわしに貧弱と言われてるみたいで全然嬉しくない。もうさっきから胸でじんじんしてる突起を、乾いた指先と手のひらが強く儚く責め始めた。「っあゥ…!」剥きだしの神経の尖端を撫でられてる……それが体じゅうの皮膚の下を無数の虫に這い回られる感触になって、全身をざわざわ痺れさせていった。
「あああっ……う、ぅく、そ…そこもう厭、…許してくれ、もう、」
「ソコってどこだい?
どっちを許してあげればいいのか、わからないじゃないか… 」
「ひ…ぁ、ああっほんとだめ、そ…ああッ胸! 」
「えっ…変だね、悪い病気かな。すごい気持ち良さそう。男がこんなに胸で感じるなんて聞いたこと無いよ……、恥ずかしくないの? 」
からかいを含んだ笑い声がして、胸に千切られるような痛みが走った。
「ぎっ……ヒ痛ッあ、ああっ 」
「あんまり大声出すと、聴こえちゃうよ、外に。ちょっと可哀想だけど、許してくれたのは君だからね。……この首で、こくんってうなずいてさ 」
タイを残して剥くみたいに肩をはだけられた。首筋の血管の上をたどりながら呟いていた舌が、生え際で湿った音を残して離れた。声の大きさを言われて慌てて自分の腕で押し殺す。(…アッく、ハァあ…っ)初めて曝され翻弄される皮膚感覚に耐え切れない。まるで女にするような胸の愛撫にさえ、こうも感じてしまうのが厭で、もう先からじくじく湧いてる涎で濡れてる俺をちゃんとしごいて終わりにして欲しかった。なのに望月はドクドク脈打ってるそこを首でも絞めるみたいに右手で握り潰し、執拗に胸ばかりを撫で回している。乳首を掠めていく弱い刺激も皮が剥けそうに爪で圧し転がされる恐怖も、離れたもう一方できびしく指に緊めあげられてる芯に伝い、破裂しそうになるまでぶるっと反応させてしまう。一にして全、全にして個なんて深遠な言葉が、まさかトイレで男に悪戯されながら思い知らされることになるとは思わなかった。頭の片隅が蒼褪めるくらい弾けそうに高鳴っている胸の辺りを自分の方へきゅっと掴み寄せて、僕の心臓のもがき苦しむのを味わうように、時おり望月はじっと手を止めていた。その刺激の空白は、襲いくる快感の高波に身構えている俺のタイミングを狂わせて、ますます体を胸と下半身に引き裂くみたいに追い詰めていく。
(あ、ああ、ああっ…も、無理っ…! …ねがあッ )
「……ハァ。熱く脈打ってて気持ちいいよ…。
どっちの手のひらもトロットロに溶けちゃいそう… 」
脇腹をもみしだいて咽喉まで這い上がる大きな骨ばった手に絞られて、口からぬるい液が溢れて垂れ落ちた。そのひとすじは便器に突っ込みそうなほど下がった自分の泣き顔を映してる水溜りを波紋に歪ませている。血が肉が感じてることぜんぶ、ついさっきまでただのクラスメイトだったはずの望月に知られているこの状況。恥ずかしくてたまらないのに、我慢したいのに、どうにも出来なくて高い喘ぎが零れ落ちてしまう。
「はあ…ッ、うぁっ…
…あっ! りょ、じ、…綾時っ? 」
とつぜん、尻の狭間を、何か堅い棒で突き上げられた。一瞬の後、布越しでもそれが何なのかわかった。自分でも覚えのある肉の堅さだったから。
勃起してるチンコから逃れようと引いた腰が、握られてる前に阻まれてぐりぐり押しつけられた。望月のあからさまな牡の要求に頭の中がどす黒く染まっていく。予感と混乱が激しさを増してせめぎあっていく。折り曲げられた背に、動けないほどの更なる重さが加わって背筋が凍った。何かを考えるより早く焦った右手がタンクから離れ、膨れ上がった不安を押し退けようと後ろを手探りした。硬い筋肉と腰骨、他の男の体に突き当たった指が掴まれ、捻りあげられて関節が泣き出し、痛みに視界が暗くなった。
声も出せず、後ろを振り返ることもできないくらい身体が緊張する。俺の目は勝手に大きくみはって、冷たい無機質な個室の装置を映した。
「ちょっと悪いんだけどさ、これの封、開けてくれるかな? 」
手に握らされたのは、何か、ちくちくするものだ。そのまま望月の手に動かされて、顔の前にそれは近づいてきた。
(……ッ )
荒い息がフッと左耳に吹きかかる。唇が髪をかきわけ、耳を舐めながら食んできた。望月がそうやって頭を動けなくさせておいて、口に割り込ませようとしているのは、……コンドームのパッケージ。
「っ、……やだよ。できない 」
「彰のためなんだよ、これ。
…大丈夫、アナルセックス用のだし、いきなり挿れたりはしない 」
最初は俺に被せるつもりかと思った。けれど望月がアソコを膨らましてるのが不吉過ぎてカマかけてみたら、やっぱり怖ろしい予感が的中してる。
何でこんなことになってるんだ。俺がここにいる意味が、知らない間になんのカラクリでか急回転しているじゃないか。むしろ何故そんなにピンポイントなグッズを用意してるのか、望月の想像を絶する底知れなさに怯えてしまう。でも俺だって男だ、アッサリ負けてはいられない。勇気を奮い起こして、この取り憑いてる巨大なおんぶお化けに訊いてみることにした。
「……なんでそんな特殊アイテム持ってんの 」
「もちろん、普通のアイテムもあるけど。きみ、無いんだろ? そっちの穴 」
「そうじゃなくて、お、俺に、チンコつ、つっ…… 」
「あはは、そんなにガタガタ震えて怖がらなくていいよ。
大丈夫……無理はしないって。
ほら、いいコだから歯でピッて開けてごらん 」
「一生悪い子でいい 」
「そんなに拗ねなくても……
仕方ないな。……じゃあ代わりに、こっちをお願いしようか 」
右手が離されると同時に後ろから強く押されて、顔がトイレにはまりそうになった俺は慌ててまたタンクにしがみついた。(こっち?)何のこっちなのか、詳細不明の基準をもつ代名詞に、ぐちゃぐちゃの頭が疑問に塗り潰されていく。そのとき、握られっぱなしで蒸れそうだったアソコが解放され、しゅるっという音が聴こえた。何、と顔をあげた俺の視界が、一気に真っ黄色に染まった。
「ふぁ! な、にこれ 」
「マフラーですよ。……僕の匂いつきの。
でも、きみの耳たぶ可愛がれないのが珠にキズだなー……これ 」
「見えない。綾時やめてくれ、これ怖いよ、厭だ 」
「怖がらなくていいってば。きみが本当に望まないことはしない 」
望んでないって言ってるのに視界は奪われたまま、アタマの後ろで数本の髪の毛ごとマフラーが引き絞られた。
「痛いっ」とっさに取ろうとしたら、耳元で「縛られたいの? 手首 」と脅しまでかけてくる。その手首をまとめて伸ばされて、つるつるした角を掴まされた。もうなんでこんなことになってるのか全然わけがわからないぞ。乗っかられてる背中がいい加減ギシギシ軋んで辛くなってきた。目どころか鼻までふさがって息が苦しい。幾ら口で息をしてもまとわりつく濃密な香り…整髪料混じりの麝香みたいな匂いが鼻と目の奥で渦を巻く。
肺がぎりぎり悲鳴をあげる。のどが匂いに溺れて噎せ返りそう。耳もふさがれ、自分の体内を通る息吹だけが頭を圧している。
「はぁーっ……はぁあー…っ、…うあアっ! 」
ウエストのベルトが外されたのが分かった。次の瞬間にはトランクスを下ろされていた、竦んだ腰の素肌を乾かすように、生ぬるい室温が包んでいく。抗う間もなかった。見えない、これじゃなんの予測もできない。
膝まで制服が下がっているらしい……肢の間にゆるい弾力が入り込んできた。靴が左右にずれ、下半身が内側から押されて開いた。
「うぁ……や、やだ、」前でヒラヒラしていたシャツが引かれて耐え難いくすぐったさの刺激を乳首に与え、それだけで上げそうになった悲鳴を俺は顎をあげてこらえた。「ひっ、………っ」次にどこに触れられるのか全くわからなくて、声を上げたくないのに身構えることができない。
首の後ろ、襟足にかかった指。上の制服がひき脱がされる。肩…二の腕の内側を撫でている、下だけじゃなく、上も大きくはだけられたのを感じた。もうこれ、ほとんど裸じゃないか。「ちょっと、綾時…う、うあっ」服を落とされた肩に咬みつかれた。望月のぬらついてザラザラした舌が貼りつく。蠢いてる。驚いてのけぞった咽喉を、胸でさまよっていた手がしめあげるみたいに這い登った。
「あっああ……な、なん…で…あうっ… ぐっ! 」
握られたアソコが、極限までむき出しにされた。尻たぶの素肌に望月のカタイのが布の摩擦ごとググっと当たってくる。「やだ……やめてく、れ、」
俺だってイキたい。もうとっくにイキたいのに。指の輪に根元をギュッと絞めつけられて、ズキズキする芯が精通できない。出してくれってアソコが泣き喚いてる。それがこみあげて、咽喉を通り抜けていってしまう。
「はっ……あうっあっ、やっもぉ、だめだって、助けて、う…」
耐えられないこんなの。胸もあそこもじんじんして痛いよ、痛いのに気持ちいい。体中触られるたび、そこがどんな反応になってるのかわかっちゃう。恥ずかしさで死ぬんなら俺とっくに死んでるよこれ。死亡レベルだ。
「う…っお、おねがいイっ! もういや、いやだあ…っ 」
ますます圧し掛かってくる望月に、頭もお尻もめちゃくちゃにすりつけた。こんなにお願いしてるのに、訴えてるのに、どうして。どうして逝かせてくれないんだ。イかせてくれ、もうイキたい。
首に細い熱、摩擦熱が走った。紐…リボンタイが抜かれた。
――何故。
はらりと性器に何かが触れた。限界まで引き伸ばされて、思いっきり過敏になっちゃってる皮膚に、何かが。
紐だ。タイの端が張り詰めてる性器の根元に触れて、…下に通され、望月が何をするつもりなのかわかった。想像した頭に混乱がなだれ込んだ。
「…いっ厭だ、やめて綾時っ… も、望月ってば、ああやめて! 」
必死にお願いしても、逆手に掴まれた根元に、細く絡みつくそれは止まることなく巻かれていく。
「やあっ……うああっ」
最後に血が止まりそうにきつく結ばれた。頭をむちゃくちゃ横に振って腰を後ろに引いたけどガツガツ望月にぶち当たるだけでなんにもならない。死にそうに引き攣ってる心臓の上を、俺の恐怖、体の絶叫を知りたいみたいに押さえてくる手のひら。大きな手、両手が胸を足を撫で回しはじめた。
「いやああアッあうっ狂っ…! 」
もう触らないでくれ、頭おかしくなっちゃう。肉が噛まれて食い込んでるアソコ、どんどん辛くなって怖い。本当に千切れそう、こわい。心臓があるみたいに疼きがどんどん先の方へ募って、破裂しそうに激しくなっていく。「あハアっ、ハア…っ、あアはっ、」指。ゆびが股の下を掻くみたいに襲った、望月の指に睾丸を転がされてる。「あ……あぁ、…も、もう放して。やめてっ…、」そんなにタマタマ揉まれたら握りつぶされそうで怖いじゃないか。恐怖の硬直に薄く塗られていく快楽。急所を愛撫される意味。股がぶるぶる引き攣る。どうして俺にこんなこと、教えるんだ?
咽喉から膝まで燃えてるみたいに熱い。熱が肌に昇って、空気の還流にさらされるせいで自分の隠すべき場所はいま殆ど素裸、這い回る手が汗に濡れていく。何にも隠せてない自分の体。いつのまに俺は望月に……何も。
興奮を隠しもしない、望月の呼吸が熱い。
冥い黄色ばかりで何も見えなくて、ヘタに腕を振り回すと穢い所に触れてしまいそうで、頼んでも目隠しを外してくれそうもない望月が怖くて、もう正気なんか手放して、ひたすら気が狂いたくなって―――
それら全てを恐怖に固定し刻みつける香り。
赤黒い影が目の奥からこみあげて鼻を詰まらせた。
いつしか暗闇のもたらす束縛の中で俺は壊れていき、
近づく精神の死滅に怯えながら、涙を流していた。
◆
「はあ…っああ…っ 」
「端っこからが好きなんだよね……僕。こんな風に戴くときは 」
神経が体表に近い感じやすい処を、ソノ気にさせるための特別な触れかたで旅していく。体に開いてる穴のそば、急所の回りの肌は特別に優しい。耳、こめかみ、唇、咽喉、脇、脇腹、性器の周り、内腿…お尻の溝。全ては最後に、目指す体奥を開いてもらうための準備だ。早い鼓動に汗ばんでいくミルク色の肌に後ろから重なり、シャツの裾をめくりあげて、お尻の狭間をばらばらの指の腹をつかって撫で上げてみた。柔らかな皮膚に性感の模様を描き、解き放って彼の神経に寄生させるために。羽根のような感触を伝えるのが理想だ。内股から袋の裏をミミズみたいに這いよらせたら、彼は喘ぎ続けている身体を硬直させて、唾液をすすり上げた。その響きで、泣いているらしいと気づく。僕の仕業ために流している涙に感謝して、肩にキスをした。執着する相手の心を揺るがせたなら、例えそれが自分が与えた痛みへの悲鳴であっても、僕には喜びになってしまう。
普通は服に隠れている場所、肌の奥、肢の間の恥部にさえにつけこめる、欲情する相手との赤裸々な性行為。僕は大好きだ。嫌いになる理由が無い。
彰は性器の先から大量の先走りを漏らしていた。もう下腹が蕩けてしまってタンクなんか掴んでられません、という感じで、頭も腕も便座に突っ伏している。危ないので、予めフタを降ろしておいた。彼の脇腹から腕を入れ、腰を抱え上げて、フタにかけた自分の片脚に下半身を乗せた。お尻を僕に突き出させたら、苦しそうにトイレに縋ってる。
口から洩れているのはペニスを縛られた苦痛と快楽が吐かせる艶めいた喘ぎか、僕への哀訴だ。その繰りかえしに微笑んだ。
お尻がよく見えるように固定して、左右に掻き分けていく。ごく薄い褐色の小さなすぼみが呼吸でひくひくわななくのを可愛らしく思いながら、コンドームの封をあけた。右の人差し指に中指を重ねて、取り出した奴を装着し、孔をあからさまにするために、彰のむき出しになってる湿った皮膚を親指でひっぱった。ひくんと跳ね、反射的に縮こまった括約筋の周りを、ゴムについている潤滑を使って丁寧にほぐしていく。ぶつ切り音をわざと揉んで煽ってやりながら、呼吸に緩んだタイミングで指先を中へねじ挿れた。彰はショックか無言のまま肢をばたつかせ、背筋が悲鳴をあげそうにこちらへ身体をひねった。
開けっ放しの唇から唾液を振りまいて僕の名を呼んで。
君は何にも悪くないのに、許してと叫ぶなんて……どこまで興奮させてくれるのだろう。
極悪に狭い入り口を突破すれば、その内部の奥には、触られると性器までぴくぴくしてしまう不思議な神経の露出がある。そこを刺激するために、指を回したり左右に震わせて、だんだん入り口を広くしていった。彼は震えあがって喘ぎ、後ろをヒクっと開いてしまう。僕はつぷぷ、という感触を体内に聴かせるように、指を蠢かしながらもぐりこませていく。ただでさえ体に口を開けている孔という孔の周りはどこも敏感だ。嬲られ続けると男だって体の奥に眠る湿った扉が開きそうになるくらいに。「あ…はあっ…はああっ」呑み込まれはじめた指は、強めに押せば締め付けられながらも奥へ進んだ。こうして、一方では中で指をこすり合わせて動かしながら、彼のペニスも掴んだ。
「うはあッ…ああ、あっ」
膨らみきってる先の鈴口を親指の爪でくじって責めてあげる。「ぎゃあっ…もちっつぅあ、あー…あっああっ」体勢が体勢なので胸を圧迫され、本人は絶叫のつもりでも、大した音量では無い。でも、塞き止めてある熱流の道筋にキた彼の性感の電流が、僕にもわかるほどビクンとしなって、みっともないくらい咽喉の啼き声は大きくなった。
「気持ちいいかい?
…なんて訊く必要、なさそうだね 」
舌はもう口の中で虚しく震えるだけで、意味がある言葉を吐き出せる状態じゃないみたい。
「はあ…イっ、ハア…っ、ああっ」
こうして彼の終わりから体内を遡っているのは、前立腺という性の泉へ僕の冷酷を突き刺すためなんだけど。なんでこんなに抵抗なく彼を好き勝手にできてしまうんだろう。ちょっと自分が怖い。
彼の熱にまみれた僕の指先が、腹側にある快感の塊を探り当てた。
「ひぐ、う…っうあっ」破れそう、と思わせる程度の強さで突つく。シコリに指先をねじ入れられるたび、彼には、タイで縛られて漏らせないペニスへ気が狂いそうな射精感が押し寄せてるはずだ。無防備な粘膜をえぐる可虐に泣き声をあげ、僕に貫かれて身悶えしている彼の声。咽喉が渇きに痛むほどの息、口も閉じられないほどの快楽、滲み出し、溢れ出す甘く苦い体液。
何故だろう……こんな姿の彼を見るのは、初めてのはずなのに。
驚きや性欲を感じるよりも、充実というか満足の度合いが大きい。
僕が毒針みたいに前立腺と尿道を刺す度に、彰の体はガクガク震えてより深くより多くを欲しがった。これが彼の本当の姿なのかなと思うくらいソコは欲深だった。ゴムの中の指を増やしても、赤くなっちゃった孔を破りそうなくらいめくりながら抜き差ししたときも、中身が見えるまで広げてほじったときも、彰は僕の指たちを切なく強く抱き寄せてくれた。お尻をイキそうに振りまくって、僕という異物が内壁に与えているはずの快感を、彼は涎を垂れ流して喜んでくれている。とっても嬉しい。
でも、これ以上やったら彰の体の中が腫れあがっちゃうな、というところで、僕は彼を抱えて立ち上がり、トイレのフタをあげてから、ペニスのリボンタイを解いてあげた。そして、目隠しもとってあげる。
泣き濡れた瞼を伏せてぐったりしている彼を支え、ペーパーを用意してから、前と後ろで二三度しごく。
「ひあっ……ァウッ!」
熱い悲鳴といっしょに握りしめた塊がビクリと膨らみ、先からものすごい勢いで精液が噴き出した。
「フゥ。……よかった?
なんだかラブというより一仕事終えた気分だよ。
…ふふ。これできみも順平に顔がたつよね 」
手の甲で額の汗をふき、多めに用意したペーパからぶくぶくと溢れ出す精液をなんとか押さえて両手に包みこむ。
「……うわ、いっぱいでたなあ。いったいどのくらい溜めてたんだい?
こりゃ相当ぱっつんぱっつんだったろ、…彰 」
汗いっぱいに赤らんだ頬にキスをして囁くと、彼はぎくっと震え、幽霊にでも遭ったみたいな眼差しで、僕を見上げた。
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